第1話 「落書きの秘密」

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     1  広陵台総合医療(こうりょうだいそうごういりょう)センターは病床数が千を越えるこの地域一帯の基幹病院だ。周辺の第三次救急を担い、外来患者の一日の総数は三千を越え、診察科は三十にも及ぶ。大学病院ではないが診察以外に臨床医学の研究も行っており、看護に対する考え方も先進的だった。誉は配属先が念願だったICUに決まり、ロッカールームに入った今も気持ちが高ぶったままだ。  男性看護師専用の部屋で支給されたケーシーに着替える。ロッカールームがあるのがありがたかった。実習先の病院では男性看護師が使える部屋がなく、リネン室で着替えさせられた事もあった。  ――ん? あれ、おかしいな。  白いズボンに脚を通すとお尻の辺りにきつさを感じた。オリエンテーションで試着した時にはなかった違和感だ。サイズを間違えて支給されたのだろうか。事情を説明して正しい制服を手に入れたかったが、時間がなかった。仕方がない。今日はとりあえずこのケーシーで過ごそう。  ロッカーの扉の裏側についている鏡を見ながら前髪を直す。細い黒髪と色白の地味な顔――見慣れてはいるが少し緊張した自分の顔が映っている。視線を合わせてよしと気合を入れた。
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