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よく見ると男はイタリアンマフィアのような容姿をしていた。目つきが鋭く、唇は薄く酷薄で、頬に濃い影がある。服は白のロングコートなのだろうか。中にセンスの悪いネクタイを締めていた。四半世紀ぶりに見るペイズリー模様だ。
「だから……尻から手を……」
誉は男の胸の前で体をくるりと回した。悪魔の手からなんとか己の尻を回避させる。
男は背が異様に高く、肩幅も広かった。自分の体に男の影が差しているのが分かる。とにかくでかくて恐ろしい。誉が怯えているにもかかわらず男は笑顔のままだった。この男はおかしい。患者なのだろうか……。そうだ。そうに違いない。
「わぁ、ぷるぷる震えちゃって可愛いな。お目目なんか艶々で、わざとなの? ねぇそれ、わざとなの? このエロバンビちゃんが!」
見た目と話し方のギャップに驚く。誉は耐え切れず部屋を飛び出した。
「あ、待ってー、俺のバンビちゃん!」
男の声を無視してスリッパのまま廊下を走る。スパスパと間抜けな音が暗い廊下に反響した。西側に向かって進み、放射線科の看護師に泣きついた。
「あ、あの……精神科の者ですが、診察室の中に変な患者さんが――」
IDカードに赤のラインが入っている年配の看護師が何事かと振り向いた。師長なのだろうか。体にも態度にもどっしりとした安定感があった。
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