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彼女と恋愛に発展などという儚い夢を抱くほど青くはない。せめて、今まで通りの関係でいたい。嫌われたくはなかった。
朝礼直後に喫煙ルームに駆け込みタバコを一本。
それでないと、吐くか倒れるかしそうだった。
「マジかよ……」
吐息と共に本音が漏れた。
上司が部下に手を出すとか本当に有り得ない。
彼女に特別な感情を抱いていたのは確かだった。
でも、それが許されるほど彼女と年が近いわけでもない。
自分がモテないのも知ってる。
出世コース間違いなし、ならまだ自信もあったかもしれない。
この気持ちは彼女に知られてはいけないものだった。
口から溜め息と一緒に吐き出された紫煙が心の靄のように広がって、やがて換気口へと吸い込まれていった。
その日は仕事を早く終わらせた。
休んでいた分仕事は溜まっていたが、今日を仕事で埋めてしまうわけにはいかなかった。
決着を着けなくてはいけない。
彼女のアパートは随分と質素で、普段の明るい彼女とのギャップに少し戸惑う。
インターホンを押す。
多分部屋の中にそれのモニターも付いていないと簡単に想像できる。
ここで……言う話ではない。
だからと言って、独身の若い女性が簡単に部屋の中に上げてくれるだろうか。しかも無理矢理キスした相手を。
彼女がそれを拒否するかもしれない。
て言うか、キスの後、ブラウスに勝手に手が伸びて盛大に拒否されていたような気もする。
彼女にしてみれば、ただのセクハラ親父、だよなぁ。
出来ることなら、このまま帰ってしまいたいけど。
「はい……」
ドアが僅かに開く。
チェーン、ちゃんと掛けてるんだ。エライエライ。
不振な顔でその隙間から覗き込む彼女。
「あ、どうも。これお見舞い」
買ってきたものを掲げて見せる。
瞠目し、固まる彼女。
ああ、これはあれだな。キスしたな、俺。
倒れそうなのを何とか堪える。
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