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そう声をかけられ、飛び上がりそうになった。
「ちょ、ちょっとトイレに。」
振り向きざまにそう言うと、そのスーツを着た中年の幹部の人間と思われる男は、トイレはこちらですよ、と出口と真逆の方向を指した。
どうもと言いつつ、したくもないのに、トイレの個室に籠もって一思案した。
まさか、男性が女子トイレの前で見張ってることも無いだろう。都合の良いことに、会場は薄暗い。
そっと、女子トイレのドアを開けると、そこには誰もいなかった。私は、ほっと胸を撫で下ろして、そろりそろりと、抜き足差し足、姿勢を低くして、なんとか出口までたどり着いた。
玄関でスリッパを脱ぎ、自分の靴を探した。その会場には下駄箱などなかったので、靴は玄関一面に男女入り乱れて脱いであるので、自分の靴を探すのは一苦労だ。
無い、無い、無い....。私の靴はどこへ行ったのだろう。確かに、このあたりに脱いだのだ。
「無駄ですよ。」
私は、また後ろから声をかけられて、飛び上がりそうになった。先ほどの中年男性だった。
「あのう、私の靴が見当たらないのですが。」
おずおずと、男に尋ねると、
「あなたは帰れないんですよ。靴なんて、あるはずがない。」
と冷ややかに私を見下ろした。
「は?」
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