靴が無い

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「実はね、今日、ここで講演会があるんよ。すごく興味深い話が聞けると思うよ。私なんて、最初に先生の講演を聞いた時には、感動して泣いちゃったくらいだもの。」 Mは目を輝かせて、私にそう言って、私を会場に誘った。 壇上には初老の男性が何かを声高に話している。 私は、Mが宗教に傾倒しているとは知らずに、こんな会場に連れてこられたことにショックを受けて話は何も頭に入ってこなかった。帰りたい。ただただ、私はそう思った。 一通り話が、終わると、会場に集まった人々が一斉に立ち上がり、ポクポクと何かを叩きながら、呪文のような経文のような意味不明の言葉を喚き始めた。 帰りたい、帰りたい。私はそっと抜け出しても、きっと後ろから、中年の教団幹部の男に声をかけられるのだろう。 「どちらへ?」 「ちょっとトイレに...。」 そのスーツを着た中年の幹部の人間と思われる男は、トイレはこちらですよ、と出口と真逆の方向を指すのだ。 デジャヴュ。 そして、私は女子トイレを抜け出して、玄関に向かう。 靴が無い。思った通りだ。 「無駄ですよ。あなたは帰れない。」 ゆっくりと振り向くと、先ほどの中年男と、ユミが無表情に手には、木魚と思われるものを持っている。 ポクポクポクポク、我らはやがて、土となり水となり風となりて~。     
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