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彼がお偉い方のご息女と祝言をあげたというのは、聞かずとも私に耳に届いた。
彼はあの約束から3ヶ月も姿を見せていなかった。
私の手に絡んだ赤い糸は、もうすっかり消えてなくなり、大門の中の生活は退屈で窮屈で平和だった。
「ねえ。花魁、あの旦那は、もう来ないの?」
禿になりたての娘は私を見上げて悲し気に言った。
「金平糖ならわっちが今度、買ってやるよ?」
「ううん、そうじゃななくて……あの旦那は花魁の事を本当に好いていたから」
「ははは、面白い事を言うねぇ……ここは廓でありんす。嘘は誠で、誠は嘘、そんな世界だからねぇ」
豪快に笑い飛ばしたのは自分に言い聞かせるためだった。
「もうすぐ、満月だねぇ」
丸くなりかけた月を見上げて願った。
もう一度、あの人に会わせておくれと……嘘が誠になるならば、この狭い世界の退屈な平和も悪くないと思えるかもしれない。
そう思って夜空を見あげた。
「夕月、初見の客だけど……どうしてもあんたって言うんだよ」
困ったようにやって来た姐さんに続いて入って来た男は、立派な着物を着た男だった。
「主が夕月か」
「そうでありんすが、御用でしょうか?」
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