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元は犯罪者を相手にする話し合いだ。 若者は、怒鳴られることも想像したらしいのだが。 その時に被害者は、何故か深々と頭を下げて謝って来たと云う。
それを聴いた飯田刑事は、普段の冷静な彼にしては珍しく堪らずに。
「何で、その時に止めなかった? 後悔をしない、罪を悔いて無い人間なら、君みたいな見ず知らずの者に脅されたならば、怒り、服役した事を言ったりしたはずだ。 反省などしていない人間なら、40近くも歳の離れた君に、そんな謝罪などするかっ!」
と、怒った。
返す言葉が見つからず俯く大学生へ、飯田刑事は更に云う。
「どうしてあの日、君が被害者のアパートを訪ねたのか。 それは、私には解らない。 だが、あの被害者の部屋を見れば、我々の様な経験者は解る。 質素で、整頓され、不必要な物が無く、囚人の頃の生活が滲む模様…。 あれは、ひっそりと生きて、犯した罪を背負って生きる者の部屋だ。 酒やタバコもしないで、貯めたお金は殆ど無い。 お金の送金先は、長崎の実家に居るお兄さん宛て。 使い道は、殺した被害者遺族への慰謝料だぞ」
すると、若者が顔を上げ。
「・・そんな事、僕には解りません。 ただ、あの人は、人を殺した犯罪者だ。 どんな風に生きようが、殺した人は戻らない。 責めて、何が悪いんですか…」
大学生の語る言葉を聴いて、壁際に立って居た手塚刑事が厳めしい顔を険しくし。
「お前、思い上がるのも大概にしとけ。 あの被害者は、確かに殺人を犯した。 だが、事件後は自分から出頭したそうだ。 それから、相手側に過大な過失及び暴力も在り、主張すれば情状酌量も得られた筈だった。 それなのに、被害者の男性はその証言を拒否したんだ。 殺人を犯した意味を、十分に自ら悔いていた」
と、説明をしてから。
「それに比べて、お前は何だっ?!」
大学生の前に身を近付ける。 若者の逃げようと泳ぐ目と、怒りを孕んだ手塚刑事の視線がかみ合う。 若者は、兵のような威厳の有る手塚刑事から逃げ、体を横へ。
だが、手塚刑事は、そんな若者の態度が尚更に気に入らなかった。
「自分を正義のヒーローみたく演じながら、彼を自殺に追い込んだ挙げ句。 死体を見つけても通報せず、自分に関わる証拠を持ち出して隠蔽を計った。 被害者より、お前の方が立派な犯罪者だっ!」
その言われ方に大学生は憤りを込めて、手塚刑事へと早く振り返る。
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