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そう言いたい態度が、全身から滲み出ていた。
意固地な彼に、飯田刑事は聴く。
「なぁ、自殺していたならば、殺人に見せ掛けてから遺書や便箋まで盗む必要が在ったか? 然も、便箋と遺書を燃やしたのに、パソコンとスマホには遺書の全文を残して置くなんて・・、どうして?」
すると、大学生はさも当然と言いたげに。
「当たり前じゃないですかっ。 あの人の便箋には、遺書の書いた跡が残ってます。 僕に会って言われた事で死を決意したなんてっ、バレたらこうなるのは解ってたっ! 警察がっ、アンタ達刑事が自殺にさえ、事故死にでもしてくれさえしたらっ!! あの遺書を公表して、僕が殺人の被害に遭った遺族の仇討ちをしたって言えるっ!!!!! お前たち警察はっ、素晴らしい才能を持つ僕と云う存在を…」
その喚く若者だが、飯田刑事は覚めた目で。
「黙れ」
冷たい一言で、彼の弁舌を遮る。
一方、何かを諦めた手塚刑事は、
「飯田さん、供述の続きを聴くのは、明日に回しましょう。 もう真夜中だ、ヒーローを休ませましょう」
と、先に動く。
この手塚刑事が、後輩で一時は同じ警察署に所属していた飯田刑事を‘さん’付けにした。 その意味は、この目の前の若者を前にしてのことと、そう察する為に頷く飯田刑事も。
「そうですね、犯罪を犯した事は全く自覚して居ないが。 人権とか権利とかは、意外に知って居そうだ」
諦めた者。 皮肉る者。 二人の刑事と自分の意見には、果てしない食い違いが在るとこの大学生も感じたのだろう。 何も言わず、黙りこくった彼。
こうして、この日の取り調べは終わった。
だが、マジックミラー越しに眺めていた木葉刑事には、まだ視えている。 加害者となった彼の後ろに立ち、此方へと頭を下げる被害者の姿が…。
“穏便に・・何卒、穏便に・・”
幽霊となるには、それなりにしがみ付く気持ちが必要だ。 この被害者の気がかりは、こんな横暴をした若者の事なのか。
(何故・・自殺なさったのですか? 今となっては、もう取返しがつかない)
視えている木葉刑事は、この被害者に或る想いが残った。 早まった事をしたと、被疑者の彼を本当の罪人にしてしまった。 この事件では、被害者も、加害者も、何方もが悪い。
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