第二部:秋冬の定まり。

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そして、幸代は嫌な過去を思い出す所為だろう。 辿々しい物言いにて、当時の事を振り返る。 20年以上も前のその事件の当日、中学生だった幸代が学校からの帰宅中、或る川に掛かった石橋を渡った処で突然に、ワゴン車が行く手を塞いで来た。 驚いて停まった幸代だが、ワゴン車より下りて来た覆面男は怒声を発すると、彼女の乗っていた自転車を激しく蹴った。 そして、砂利道に倒れた彼女へ駆け寄った覆面男は彼女の腹部へ蹴りを入れ、呻き痛みに苦しむ彼女の被る安全ヘルメットを掴み引きずると、開かれた車に彼女を押し込んで連れ去ったとか。 首にベルトを掛けるヘルメットだから、その時は窒息してもがいた苦しみが今も鮮明に記憶されていると語る。 其処で、小柳老人も話に加わる。 覆面男は言わずもがな、小柳老人の息子、章太で在る。 だが、その誘拐は夕方前のことで、他の下校する中学生や作業中の農家も見ていた中での犯行だ。 その異常を察知して声を上げる人も居た為、別の仲間一人に運転させて逃げ出した章太だが、仲間が焦ることで潜伏先に困った。 予定では、自分たちを雇っていた闇金業者の借りていた、街中の雑居ビルへ潜伏するつもりだった。 が、先ずは(ほとぼ)りを冷ます為、街中から離れようとするその途中にて、巡回中のパトカーと遭遇し。 その場は擦れ違っただけだが、彼らは指名手配されたと勘違いし、章太は慌て自分の実家へと幸代を連れ込んだのだ。 其処からは、小柳老人が主体に話し始める。 小柳老人の一家も、突然に帰って来た息子が幸代を連れて来た事に驚いた。 然も、息子がなんと中学生の女性を誘拐して来て、今から犯すからその様子の映像を録画しろと、短刀を抜いて脅して来たと言う。 父親と息子は、この状況にて怒号を交わすような形で問答をしたとか。 その様子は、話を聴く刑事達も想像が及びきらない、正に壮絶な状態だったと思われた。 誘拐した幸代の制服を切り裂く章太が怒鳴って喚き上げ、家族はそれを止めさせ警察に出頭しろと言う。 ワゴン車を運転してきた仲間も、この状況では居たたまれないと早々と逃げ出し。 孤立する章太は父親を殴り、母親を蹴り、下の兄弟にまで刃物を向けたと云う。
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