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此処で、話は一旦止んだ。 黙る二人と、遣う言葉が見当たらなく黙った刑事達。 その沈黙の中で小柳老人は、スーツの上着の内ポケットより何故か三冊の通帳を取り出して見せ。
「刑事さん、これを見てくれ。 基郎さんは殺人で実刑を8年も受けた後、出所した後から自殺するまでの先月までに我々へ示した、謝罪と誠意の結晶だ」
と、中身までを開いて見せる。
「失礼します」
開かれたままに受け取る通帳には、毎月毎月、必ず入金が記載されていた…。 年に月々で、然も賞与も含まれる記入が、金融機関にて記載を積み重ねられた通帳は、二冊は限界間際まで入金の記録がされている。 小柳老人は、その通帳を木葉刑事と共に見詰めながら。
「刑事さん。 この10数年間、基郎さんが真面目に働いて送ってくれた慰謝料が、計1100万円以上在ります…。 ちゃんと働けば、一つ一つ人生を歩んでくれば。 罪を犯した者だって、こんなにも財産を築く事が出来る。 刑事さん、今回の事件を引き起こした若者にこれを・・是非に見せてくれ。 そして、こう言って欲しい」
“君は、とても立派な人間を死に追いやった。 人生を掛けて償う道を歩んで居た者を、言葉と云う凶器で殺したんだ。 私は、君が心から罪を償わない限り、決して君を許さない”
「・・と。 頼む・・絶対に、伝えて欲しい…」
通帳と共に、その重い重い気持ちを託された気がする木葉刑事は、沈痛な想いに染まりながら。
「こんな大金を、此方が預かっても宜しいのですか?」
こう問い返す。 こんな大切なものを預かるのは、自分では相応しくないとすら思った。
すると、涙を零す小柳老人は頷いた。
「私も・・、妻も・・、この金を使えないんです。 あんなに酷い子供を育てて置きながら、息子の凶行を・・・何一つ止められ無かったっ。 このお金は・・・わ・私たち夫婦の・・私の罪の十字架なんだ…」
涙ぐみ声を詰まらせこう言って項垂れる老人の姿には、それ以上の何を聴けば良いのか。 刑事達を躊躇わせる程の懺悔が、その姿から窺えた。
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