第二部:秋冬の定まり。

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本日、警察署に来た女性は、名前を〔富田 幸代〕《とみた さちよ》と言い。 結婚する前の旧姓は、〔楠木〕《くすのき》。 自殺した被害者、〔楠木 基郎〕《くすのき もとお》とは、実の叔父と姪の関係と成る。 また、この疲れた感じの老人は、〔小柳 陽一郎〕《こやなぎ よういちろう》と云う。 そして、楠木 基郎が殺人を犯した話は、ざっと二十数年前に遡る。 その全ての始まりは、長崎県の街で営まれていた或る印刷工場に端を発した。 その印刷工場の社長は、自殺した被害者、基郎の兄の‘基樹’《もとき》。 自殺した被害者は、高校卒業と同時に家業へと入った印刷機の技術士だった。 さて、過去の事件当時に、被害者の兄は新しい機械の購入に於いて借金をした。 だがそれは、正規の銀行からで在り、何の問題も無かった。 処が問題は、その同じ時期に或る仕事と収入の間に、ふた月ばかり切れ間が生まれた事だ。 設備投資をした上、一時の収入が無くなる。 遣る仕事は在るが、その成果に対する報酬が遅れてしまう訳だ。 社長の基樹氏は、その間の社員へ払う給料の為に、と金策に走った。 その時、向こうから近寄って来た為に借りた借金が、酷く悪いモノだった。 所謂の闇金業者と繋がった、サラリー金融からだ。 だが、社長の基樹氏の働きで、更に新しい仕事が入っていた。 ただ、一時の時間が必要だったのだ。 然し、それが悪く作用しようとは、誰が考え様か…。 そして、殺人事件を誘発する事態が起こる。 闇金の片棒を担ぐ金融業者の窓口に立つ男が、目の前を行き過ぎる自由に成らない金に堪りかねたのだ。 暴力団に吸い上げられる金には、自分とて手を付けられ無いと解って居るだけに。 借金の取り立てに使っていた若者達数名に、窓口に立つ男は架空の儲け話を嗾けた。 “この短期の債権を、お前たちで買う気はないか? あの印刷業者の土地は、売れば一億以上か、それ以上に成る。 ボロボロに成る様に取り立て、娘や母親を風俗にでも売り飛ばすと脅してよ、社長から土地の権利書を取り上げればいい” と、こう吹き込んだのだ。
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