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ワレスは全裸になって、体をふきはじめる。
「寒いなら、毎晩、あっために来てあげるよ」
「そうだな。もっと寒くなれば考えてもいい。暖房がわりになるかもしれない」
「暖房がわりだって。失礼だなあ」
ぶうぶう言っていたエミールが、急に変な声をあげる。
「あれ、この服、シミになってる」
着替え一つ出すのに、いやに時間がかかると思えば、エミールは戸棚のなかを、あちこちのぞいていた。
「何を物色してる。油断のならないヤツだな」
「ええ、だって、この服」
エミールのひっぱりだした服を見て、ワレスは顔をしかめた。胸のあたりに黒いシミができている。
「それは……おまえの父の血だ。おれが中隊長を切ったときに、着ていた服だ」
返り血はさほどじゃなかったが、剣や手についた血を無意識にぬぐっていたらしい。服のあちこちにシミができている。一度はすてようと思ったのだが、自分への戒めに置いておこうと思いなおした。
「この服、おくれよ」
胸元に抱きしめて、エミールは言う。
砦に父をさがしにきて、見つかったと思えば、親子の名乗りをあげないうちに、その父は死んでしまった。
エミールが父からもらったのは、コリガン中隊長が肌身離さず持っていた母の似顔絵と、死にぎわのせいいっぱいの愛情だけ。
うしろめたくなって、ワレスは背をむけた。
「そんなものでよければ、持っていくがいい」
言ったとたん、
「ほんと? じゃあ、おれ、これももらっちゃおうかな。これと、コレも欲しい!」
はずんだ声がしたので、ワレスはあわてた。ふりかえると、エミールはちゃっかり、両手に服をにぎってる。
ワレスは最初あきれ、次いでおかしくなった。笑い声をあげる。
「おまえってヤツは……まあいい。持ってけ」
「やったー! あんたの服って、質がいいから長持ちするんだよね。また、いらないのがあったら、おれにちょうだい」
「待った。その革の上着は置いていけ。この前、買ったばかりだ」
「ええッ。くれるって言った! 言ったのに」
「おれはおまえが悲嘆にくれてると思ったから、ゆるしたんだ。第一、おまえにそれは大きいだろ? かわりにこっちの古い上着をやるから」
「ちぇっ。いいよ。古いのでカンベンしてあげる。だってさ。いつまで沈んでたって、死んだ人は帰ってこないし。それに、ほとんど会ったことない人だから、あんまり実感わかなくて。おれ、父さんが誰かわかっただけで充分だよ」
強がりを言っている。
ごまかすように、エミールが、
「あんたの父さんはどんな人?」
たずねてきたので、ワレスは背筋が凍りついた。
「…………」
「ねえ、隊長?」
いそいそともらった服をたたんでいたエミールが、ふりかえり、ハッと息をのむ。
おそらく、ワレスは言葉では言いあらわせないほど、冷酷な表情をしていただろう。
あわてて、エミールはまた背中をむけ、話をそらした。
「それにしてもさ! あんた、思いきったことしたよね。いくら怪しいと思ったからって、中隊長だよ? ふつう、いきなり切れないよね。勘違いだったらどうしてたの?」
それについては、あとから城主のコーマ伯爵にも、さんざん言われた。
(あのとき、たしかに見えた)
中隊長の皮をかぶった悪魔の姿が。
ちょうど魔物のことを考えているとき、とうの中隊長が来たので、見えたような気がしただけじゃないかと、今では自分でもヒヤヒヤする。
だが、あの瞬間は、たしかに見えたと思ったのだ。
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