二章

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 ワレスは全裸になって、体をふきはじめる。 「寒いなら、毎晩、あっために来てあげるよ」 「そうだな。もっと寒くなれば考えてもいい。暖房がわりになるかもしれない」 「暖房がわりだって。失礼だなあ」  ぶうぶう言っていたエミールが、急に変な声をあげる。 「あれ、この服、シミになってる」  着替え一つ出すのに、いやに時間がかかると思えば、エミールは戸棚のなかを、あちこちのぞいていた。 「何を物色してる。油断のならないヤツだな」 「ええ、だって、この服」  エミールのひっぱりだした服を見て、ワレスは顔をしかめた。胸のあたりに黒いシミができている。 「それは……おまえの父の血だ。おれが中隊長を切ったときに、着ていた服だ」  返り血はさほどじゃなかったが、剣や手についた血を無意識にぬぐっていたらしい。服のあちこちにシミができている。一度はすてようと思ったのだが、自分への戒めに置いておこうと思いなおした。 「この服、おくれよ」  胸元に抱きしめて、エミールは言う。  砦に父をさがしにきて、見つかったと思えば、親子の名乗りをあげないうちに、その父は死んでしまった。  エミールが父からもらったのは、コリガン中隊長が肌身離さず持っていた母の似顔絵と、死にぎわのせいいっぱいの愛情だけ。  うしろめたくなって、ワレスは背をむけた。 「そんなものでよければ、持っていくがいい」  言ったとたん、 「ほんと? じゃあ、おれ、これももらっちゃおうかな。これと、コレも欲しい!」  はずんだ声がしたので、ワレスはあわてた。ふりかえると、エミールはちゃっかり、両手に服をにぎってる。  ワレスは最初あきれ、次いでおかしくなった。笑い声をあげる。 「おまえってヤツは……まあいい。持ってけ」 「やったー! あんたの服って、質がいいから長持ちするんだよね。また、いらないのがあったら、おれにちょうだい」 「待った。その革の上着は置いていけ。この前、買ったばかりだ」 「ええッ。くれるって言った! 言ったのに」 「おれはおまえが悲嘆にくれてると思ったから、ゆるしたんだ。第一、おまえにそれは大きいだろ? かわりにこっちの古い上着をやるから」 「ちぇっ。いいよ。古いのでカンベンしてあげる。だってさ。いつまで沈んでたって、死んだ人は帰ってこないし。それに、ほとんど会ったことない人だから、あんまり実感わかなくて。おれ、父さんが誰かわかっただけで充分だよ」  強がりを言っている。  ごまかすように、エミールが、 「あんたの父さんはどんな人?」  たずねてきたので、ワレスは背筋が凍りついた。 「…………」 「ねえ、隊長?」  いそいそともらった服をたたんでいたエミールが、ふりかえり、ハッと息をのむ。  おそらく、ワレスは言葉では言いあらわせないほど、冷酷な表情をしていただろう。  あわてて、エミールはまた背中をむけ、話をそらした。 「それにしてもさ! あんた、思いきったことしたよね。いくら怪しいと思ったからって、中隊長だよ? ふつう、いきなり切れないよね。勘違いだったらどうしてたの?」  それについては、あとから城主のコーマ伯爵にも、さんざん言われた。 (あのとき、たしかに見えた)  中隊長の皮をかぶった悪魔の姿が。  ちょうど魔物のことを考えているとき、とうの中隊長が来たので、見えたような気がしただけじゃないかと、今では自分でもヒヤヒヤする。  だが、あの瞬間は、たしかに見えたと思ったのだ。 
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