四章

4/8
前へ
/91ページ
次へ
 夢から目ざめたいのだが、意識が混濁している。  誰かの声が夢のなかに入りこむ。 「苦しいですか? 隊長」  あれは、誰の声だったろう? 「変じゃないか。熱がさがらないぞ。すぐ効くと言ったろ」 「そりゃ言いましたけど。すぐと言ったって、五分や十分で効くわけじゃないですよ。それにしても、ちょっと遅いですね。いい薬なんですよ。これ」 「でも、現に効いてない。気のせいか、さっきよりひどくなったような。ロンド、ほんとに、あの薬でよかったのか?」 「失礼な。見習いとはいえ、わたくしだって魔術師のです。ほんとに、はしくれですけどね。病気を診るくらいできますよ。まあ、薬が効かないのは体質のせいですね。この人、特異体質みたいだから」 「特異体質……?」 「魔術師でないかたに説明するのは難しいんですが、なんていうか、魔術師むきのめずらしい体をしてるんです。もったいないことです。わたくしがこの体なら、今ごろは世界に名をはせる、だーい魔術師!——に、なってたかも。ああ……もったいない。もったいない」 「……そう言って、隊長のどこをさわってるんだ」 「おほほ。ツバつけとこうかしら」 「……ロンド?」 「そういうわけですので、このかたの体は薬が効きにくいんですよね。お酒、薬、毒などね。  人間には免疫力ってのがありまして、病気に対抗する力を、もともと誰もが持ってるんですよ。この人はその力が常人より、はるかに強いんです。自分で自分の体を最善にしておく機能がそなわってまして。病気もしないし、ケガなんかもすぐ治る。  魔術師のなかには、手足を切りとられても、新しいのが生えてくる人もいます。彼がそのタイプかどうかはわかりませんが。ほんとなら、こんなことで、かんたんに病気になる人じゃないんですがね。破傷風の毒くらい、自分で殺してしまうはずなんですけど」 「あんたの言うこと聞いてると、隊長が人間じゃないみたいな気がしてくる」 「凡人じゃないって意味ならね。だから、わたくし、前々から目をつけていたんです。ああ、このかたの血を半分でいいから、すすりたい……」 「ロンド!」 「あら、そんな青い顔しなくても、わたくし、そこまではいたしません。地下の先輩がたなら、そんなかたもいるかもしれませんが」 「…………」 「いやですねえ。ほんとに、しませんってば。わたくしはせいぜい、このかたに抱かれて、少しだけ精気をわけてもらいたいな……とか思うだけですよ。可愛らしいもんでしょ? 赤くなったり青くなったり、忙しいかたですね。まあ、そんなわけですから、わたくしてとしても、このかたのことは、なんとか助けてさしあげたいのですが」 「どうしたらいいんだ? 薬が効かないとなると?」 「古典的に頭を冷やして、体をあっためましょう。そして本人の回復力に期待するしかないですね。ケガの手当てはしておきますよ。化膿どめをぬって、足首には湿布して」 「体をあっためるって言ったって、どうしたら……」 「添い寝すればいいじゃないですか。もちろん、わたくしも手伝いますよ? 仕事があるので、いつもってわけにはいかないだけで……いえ、もう、仕事なんかどうでもいいかなぁ」 「いや、ありがたいけど、おれたちもいるから……」 「むっ。なんだか迷惑げ。心外ですぅ」 「隊長。しっかりしてください。必ずよくなってください。こんなことで、あなたを失いたくありません」 「無視ですか……」  熱いものが、ワレスの上からこぼれおちてきた。  涙……。
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加