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「中隊長。このようなときですが、兵士たちがさわいでおります。大隊長への報告が、これ以上、遅れますのはいかがかと存じますが」
メイヒルが言った。
ギデオンは立ちどまり、気乗りしないようすで考える。
「明日でもいいだろう」
明日も来られたんじゃ、たまったもんじゃない。
ワレスはたずねた。
「なんのことです? 中隊長」
ギデオンは肩をすくめた。
「先日の盗人だ。おまえが治ってからと思っていたが。メイヒルが言うのも、もっともだ。小隊長が狙われたというので、兵士たちのあいだでウワサになっている。おまえの被害報告がないので、まだ大隊長への申告をしてないのだ」
すっかり忘れていた。そういえば、そんなこともあった。やはり、口止めはきかなかったらしい。
「わかりました。今、しらべます。財布がなくなっているらしいことはわかっていますが」
衣装戸棚は、とりあえず、誰かが片づけていた。
「棚を片づけたのは誰だ?」
ハシェドが答える。
「おれです。あのままにしておくわけいもいかなかったので。すいません」
「かまわん。サンダルを持ってきてくれ」
ベッドの上で半身を起こすと、めまいがした。よこになっているときは、さほどに思ってなかったのだが、思いのほか体力が落ちている。
「手をかしましょうか? 小隊長」
「いや、いい」
ほんとは、サンダルをはくために下を向くと、そのまま床に沈んでしまいそうだ。
しかし、ギデオンの前でハシェドにすがれば、感づかれてしまうかもしれない。
(そうだ。隠しておかなければ。さっきはつい、あんなことをしてしまったが……)
ギデオンが入ってくる前、ハシェドは何を言いかけたのだろう。
聞かずにすんでよかったのだろうか?
それとも、聞けなくて後悔するような言葉だったのだろうか?
そんなことを考えながら、ワレスは上の空で、戸棚の前に立った。両びらきの扉をあけると、あれだけ荒らされていたのが嘘のように片づいている。
「私が帰ってきたときには、この両扉がひらかれ、カバンが引きだされていました。服は見たところ、なくなっているものはありません。財布はカバンのなかに入れていました。白い革に金のバックル。金貨が二十枚ばかり入っていました。それと……」
あれはいいかと、ワレスは考えた。
母のおもかげを忘れられなくて、今まで、すてずにいたのだが。
家族を描いた細密画——
ぼんやりと思う。
ギデオンが声をかけてきた。
「換金券はどうだ? 今度のやつは、それを狙うらしいぞ」
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