五章

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「中隊長。このようなときですが、兵士たちがさわいでおります。大隊長への報告が、これ以上、遅れますのはいかがかと存じますが」  メイヒルが言った。  ギデオンは立ちどまり、気乗りしないようすで考える。 「明日でもいいだろう」  明日も来られたんじゃ、たまったもんじゃない。  ワレスはたずねた。 「なんのことです? 中隊長」  ギデオンは肩をすくめた。 「先日の盗人だ。おまえが治ってからと思っていたが。メイヒルが言うのも、もっともだ。小隊長が狙われたというので、兵士たちのあいだでウワサになっている。おまえの被害報告がないので、まだ大隊長への申告をしてないのだ」  すっかり忘れていた。そういえば、そんなこともあった。やはり、口止めはきかなかったらしい。 「わかりました。今、しらべます。財布がなくなっているらしいことはわかっていますが」  衣装戸棚は、とりあえず、誰かが片づけていた。 「棚を片づけたのは誰だ?」  ハシェドが答える。 「おれです。あのままにしておくわけいもいかなかったので。すいません」 「かまわん。サンダルを持ってきてくれ」  ベッドの上で半身を起こすと、めまいがした。よこになっているときは、さほどに思ってなかったのだが、思いのほか体力が落ちている。 「手をかしましょうか? 小隊長」 「いや、いい」  ほんとは、サンダルをはくために下を向くと、そのまま床に沈んでしまいそうだ。  しかし、ギデオンの前でハシェドにすがれば、感づかれてしまうかもしれない。 (そうだ。隠しておかなければ。さっきはつい、あんなことをしてしまったが……)  ギデオンが入ってくる前、ハシェドは何を言いかけたのだろう。  聞かずにすんでよかったのだろうか?  それとも、聞けなくて後悔するような言葉だったのだろうか?  そんなことを考えながら、ワレスは上の空で、戸棚の前に立った。両びらきの扉をあけると、あれだけ荒らされていたのが嘘のように片づいている。 「私が帰ってきたときには、この両扉がひらかれ、カバンが引きだされていました。服は見たところ、なくなっているものはありません。財布はカバンのなかに入れていました。白い革に金のバックル。金貨が二十枚ばかり入っていました。それと……」  あれはいいかと、ワレスは考えた。  母のおもかげを忘れられなくて、今まで、すてずにいたのだが。  家族を描いた細密画——  ぼんやりと思う。  ギデオンが声をかけてきた。 「換金券はどうだ? 今度のやつは、それを狙うらしいぞ」
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