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翌朝。ワレスの部屋。
「あーん、もう! おれ、悔しいよ。なんだってこんなことになったのさ? おれ、泣いちゃう」
食事を運んでくるなり、エミールがわめく。
まだベッドでよこになっていたワレスに、しがみついてくる。
「頭にひびく。大声を出すな」
ワレスはそのウワサを、すでにアブセスから聞いていた。ムッとしてさえぎる。
「そんな泣きごとは聞きたくない」
「だって、みんな、ウワサしてるよ。泥棒の正体はあんただって!」
この部屋ではそのことで、朝一番にひと悶着あった。
今の第一分隊になってから、任務時間が夕方から真夜中までに変わっている。それによって、朝起きて夜眠るという、ふつうの時間帯に生活が変化した。
その、朝の早いうち——
「小隊長 私は隊長を見損ないました!」
顔を洗いに出ていったアブセスが、帰ってくるなり叫んだ。
室内では、ワレス、ハシェド、クルウがまだ眠っていた。この声で、いっせいにとびおきる。
「朝から、なんだ?」
「しらばっくれないでください! 私は隊長を尊敬していました。その若さで、みるみる小隊長にまで昇進され、判断は的確、怪物相手にもものおじされない。いばりちらさないし、冷たいように見えて、ちゃんと人情も持っていらっしゃる。これほどそばに置いていただき、ひそかに光栄に思っていました。それが……なんですか。盗人ですって? 恥知らずにもほどがあります!」
言うだけ言って、アブセスは肩で息をする。よほど急いで戻ってきたのだろう。
「誰がそんなことを言っていた?」
「誰だっていい! ちゃんと説明してください。あなたの引き出しから、盗まれていたものが見つかったというのはほんとですか? 事としだいによっては、あなたの下にはいられません! 私は……私は、こんな人を尊敬していたなんて……」
わあッと、アブセスは号泣しはじめる。
ワレスは青年の純情に、怒るのも忘れてあきれはてた。
事情を知っているハシェドが、困りきった顔をしている。
「ワレス隊長……」
「ああ。あのことだろうな」
涙で顔をグショグショにしながら、アブセスが食いついてくる。
「なんですかッ? あのこととは」
「ハシェド。説明してやれ」
「はあ。ですが……」
「しかたあるまい。ここまで知られてしまっては」
不承不承、ハシェドが昨日の一件を語る。
「では、ウワサは本当なんですね? あなたはそれを認めるんですね? 小隊長」
すると、いきなり、ハシェドがアブセスを平手打ちした。ワレスはおどろいて見つめる。
アブセス自身も、温厚なハシェドが、まさか、なぐるとは思ってなかったのだろう。ぽかんと口をあけて、何度もまばたきする。
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