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ハシェドは怒鳴った。
「隊長のことが信じられないのかッ? それでもおまえは、ワレス隊長の部下か?」
「ハシェド。よさないか」
「ですが、隊長」
「信じられないというのを、ムリに説得してもしかたない」
ハシェドは自分のことのように悔しがっている。うっすらと涙さえ浮かべていた。
ワレスはハシェドのようすを、かすかにうしろめたいような気持ちで見つめる。
(おまえはそれほどまでに、おれを信用してるのか?)
おまえの目に映るおれは、どんな人間なんだろう?
ジゴロの華やかな過去と、学校出の経歴。
家族はなく、一人きままに生きる男。
貴婦人のあいだを遍歴したことだって、家族のいない、さみしさからしたことだと思っているのかもしれない。
裕福な両親の遺した財産で、学校を出たとでも思っているのだろうか?
おれは生きるために、あらゆることをした。
盗みもした。体も売った。学校に行くために、貴族の愛人にもなった。
変な神官につかまって、何年も奴隷同然になっていたこともある。
飢えて死にそうなことを何度も体験した。
ジゴロのころには、薬で気分をまぎらわせて……。
清廉潔白なんて、ワレスにはもっとも縁遠い言葉だ。
(それでも、おれをゆるしてくれるのか? あれがおれのしたことでないと、涙を流して、おまえは言えるか?)
おれのすべての罪を知ったとしても……?
「おまえは、おれを信じられるのか? ハシェド」
「あたりまえです」
ハシェドは力強く、うなずく。でも、それは何も知らないからだ。
「……では、アブセス。しばらく、おまえは隣室へ移れ。他の隊へ移動するかは、後日、ゆっくり話しあおう。クルウ、おまえはどうだ?」
思考を現実の問題に戻す。
クルウは意外と冷静だ。
「私はこのままでかまいません。そもそも時間的にムリがあると思うのです。隊長は近ごろ、兵士たちに剣術をたたきこむことに忙しかった。夜は見まわり。一度や二度ならともかく、盗みを常習することは不可能でした。しかも、同室の我々にも気づかれずに。
先日、我々の部屋が荒らされたときも、あなたは部屋に入るまで、私といっしょだった。出るときは私やアブセスより早く出ていった。あなたには、あの盗みを行う時間の余地がない」
「なるほど。論理的だな」
そして、アブセスが出ていき、現在にいたるというわけだ。
エミールは不服げに頰をふくらませて言う。
「だいたいさ。このすましやが、そんなことすると思う? 大金とは言ってもさ。金貨五十枚ぽっち。一生遊んでられる金額じゃないよ? この人のやりそうな悪事って言ったら、こういうのだよね。奥方を誘惑して旦那を殺させておいてさ。結婚したら、その女も殺して、お城をのっとるとか。おまけに間の悪いことに、殺してから女を好きだって気づくんだ。一生、自分を責めて——そういうやつだよね?」
ひどい言われようだが、当たってる。それはたしかに、ワレスのおちいりそうな罪だ。案外、エミールはワレスの本質を理解している。
クルウは食事に出ているため、室内には、ワレスとハシェド、エミールの三人だ。
ハシェドが苦笑いした。
「あんまりじゃないか。エミール。そりゃ、隊長の二枚目役者みたいなお顔を見れば、お芝居みたいなことも考えたくなるけど」
エミールは猿の子みたいにキャッキャッと笑う。
「——だってさ。隊長。ほら、あーん」
エミールの手からシチューを食べさせられる。屈辱だが、体力が落ちているので、いたしかたない。
「しかし、昨日の今日で、もうウワサが食堂まで届いてるのか。いったい、どこから、もれたんだろう?」
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