五章

6/8
前へ
/91ページ
次へ
 ハシェドは怒鳴った。 「隊長のことが信じられないのかッ? それでもおまえは、ワレス隊長の部下か?」 「ハシェド。よさないか」 「ですが、隊長」 「信じられないというのを、ムリに説得してもしかたない」  ハシェドは自分のことのように悔しがっている。うっすらと涙さえ浮かべていた。  ワレスはハシェドのようすを、かすかにうしろめたいような気持ちで見つめる。 (おまえはそれほどまでに、おれを信用してるのか?)  おまえの目に映るおれは、どんな人間なんだろう?  ジゴロの華やかな過去と、学校出の経歴。  家族はなく、一人きままに生きる男。  貴婦人のあいだを遍歴(へんれき)したことだって、家族のいない、さみしさからしたことだと思っているのかもしれない。  裕福な両親の遺した財産で、学校を出たとでも思っているのだろうか?  おれは生きるために、あらゆることをした。  盗みもした。体も売った。学校に行くために、貴族の愛人にもなった。  変な神官につかまって、何年も奴隷(どれい)同然になっていたこともある。  飢えて死にそうなことを何度も体験した。  ジゴロのころには、薬で気分をまぎらわせて……。  清廉潔白(せいれんけっぱく)なんて、ワレスにはもっとも縁遠い言葉だ。 (それでも、おれをゆるしてくれるのか? あれがおれのしたことでないと、涙を流して、おまえは言えるか?)  おれのすべての罪を知ったとしても……? 「おまえは、おれを信じられるのか? ハシェド」 「あたりまえです」  ハシェドは力強く、うなずく。でも、それは何も知らないからだ。 「……では、アブセス。しばらく、おまえは隣室へ移れ。他の隊へ移動するかは、後日、ゆっくり話しあおう。クルウ、おまえはどうだ?」  思考を現実の問題に戻す。  クルウは意外と冷静だ。 「私はこのままでかまいません。そもそも時間的にムリがあると思うのです。隊長は近ごろ、兵士たちに剣術をたたきこむことに忙しかった。夜は見まわり。一度や二度ならともかく、盗みを常習することは不可能でした。しかも、同室の我々にも気づかれずに。  先日、我々の部屋が荒らされたときも、あなたは部屋に入るまで、私といっしょだった。出るときは私やアブセスより早く出ていった。あなたには、あの盗みを行う時間の余地がない」 「なるほど。論理的だな」  そして、アブセスが出ていき、現在にいたるというわけだ。  エミールは不服げに頰をふくらませて言う。 「だいたいさ。このすましやが、そんなことすると思う? 大金とは言ってもさ。金貨五十枚ぽっち。一生遊んでられる金額じゃないよ? この人のやりそうな悪事って言ったら、こういうのだよね。奥方を誘惑して旦那を殺させておいてさ。結婚したら、その女も殺して、お城をのっとるとか。おまけに間の悪いことに、殺してから女を好きだって気づくんだ。一生、自分を責めて——そういうやつだよね?」  ひどい言われようだが、当たってる。それはたしかに、ワレスのおちいりそうな罪だ。案外、エミールはワレスの本質を理解している。  クルウは食事に出ているため、室内には、ワレスとハシェド、エミールの三人だ。  ハシェドが苦笑いした。 「あんまりじゃないか。エミール。そりゃ、隊長の二枚目役者みたいなお顔を見れば、お芝居みたいなことも考えたくなるけど」  エミールは猿の子みたいにキャッキャッと笑う。 「——だってさ。隊長。ほら、あーん」  エミールの手からシチューを食べさせられる。屈辱だが、体力が落ちているので、いたしかたない。 「しかし、昨日の今日で、もうウワサが食堂まで届いてるのか。いったい、どこから、もれたんだろう?」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加