五章

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「まあ、それはなんとかするとして。もうひとつ、とっかかりがある。今日のウワサの出どころだ。おれを(おとしい)れるのが目的として。誰がそのウワサを流したのか。これは、エミールにさぐってほしい。食堂でこのウワサをしてるやつらに、誰から聞いたか、たずねてほしい。たどっていけば、ウワサの火元に近づけるかもしれない」 「わかった。調べとく——もう食べないの?」 「ああ」 「じゃあ、また昼に持ってくるね」  ワレスの頰にキスして、エミールは出ていった。  エミールのうしろ姿をだいぶ見送ってから、ハシェドが言った。 「ちょっと、かわいそうですね」 「何が?」 「エミールがですよ。商売は自由だとか言ってしまうと、少しかわいそうかなぁと」  そういえば、ハシェドはエミールにキスされても怒らない。  おれには手をにぎっただけで怒るくせに。  おまえのほうが、酷だよ。 「おまえは、エミールが好きなのか?」 「えっと……どういう意味でですか? あんなに隊長を慕ってるのを見れば、誰でも可愛いとは思いますよ」 「ふうん」  ワレスが不機嫌な顔をしていたのだろうか。 「でも、それ以上じゃありません。不良になりかけた弟みたいで、気になるだけですから」  気になるのは好きだからだ。  堕落(だらく)させたくないのは、もっと好きだからだ。  言いだしたのは、嫉妬(しっと)のせい。  つい、売り言葉というか。 「……なんなら、とりもってやろうか? あいつなら、女代わりだ。おまえにも抱けるだろう。おれが言えば、エミールはイヤがらない」  とつぜん、ハシェドは立ちあがった。あまりの勢いに、すわっていた椅子が倒れる。朝方のアブセスより、ひきつった顔をして。  一瞬、なぐられるような気がして、目をとじた。しかし、いつまでも、なぐられる気配はない。  目をあけると、ハシェドは泣いていた。 「なぜ、ですか……」 「なぜ?」 「なんで、そんなことが言えるんですか? いくらなんでも……ひどすぎる」  その涙はエミールのためか?  おれがエミールの意思を、はなはだしくにしたからか?  だとしたら、ヒドイのは、おまえのほうだ。  おれだって、こんなこと言いたかったわけじゃない。おまえが妬かせるからだ。 「おまえが……悪いんだ」  ハシェドの顔が沈鬱(ちんうつ)になった。 「わかりました。そんなに迷惑なら、おれを別の隊にやってください。ご命令があるまで、となりの部屋に移ってます」 「ハシェド——」  呼びとめたときには、もう、ハシェドは出ていってしまっていた。  なぜだ?  なぜ、そうなるんだ。  おれは、おまえに、そばにいてほしいんだぞ?  迷惑なのは、おまえのほうなんだろ?  出ていくハシェドを、ワレスは言葉もなく見送った。
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