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「まあ、それはなんとかするとして。もうひとつ、とっかかりがある。今日のウワサの出どころだ。おれを陥れるのが目的として。誰がそのウワサを流したのか。これは、エミールにさぐってほしい。食堂でこのウワサをしてるやつらに、誰から聞いたか、たずねてほしい。たどっていけば、ウワサの火元に近づけるかもしれない」
「わかった。調べとく——もう食べないの?」
「ああ」
「じゃあ、また昼に持ってくるね」
ワレスの頰にキスして、エミールは出ていった。
エミールのうしろ姿をだいぶ見送ってから、ハシェドが言った。
「ちょっと、かわいそうですね」
「何が?」
「エミールがですよ。商売は自由だとか言ってしまうと、少しかわいそうかなぁと」
そういえば、ハシェドはエミールにキスされても怒らない。
おれには手をにぎっただけで怒るくせに。
おまえのほうが、酷だよ。
「おまえは、エミールが好きなのか?」
「えっと……どういう意味でですか? あんなに隊長を慕ってるのを見れば、誰でも可愛いとは思いますよ」
「ふうん」
ワレスが不機嫌な顔をしていたのだろうか。
「でも、それ以上じゃありません。不良になりかけた弟みたいで、気になるだけですから」
気になるのは好きだからだ。
堕落させたくないのは、もっと好きだからだ。
言いだしたのは、嫉妬のせい。
つい、売り言葉というか。
「……なんなら、とりもってやろうか? あいつなら、女代わりだ。おまえにも抱けるだろう。おれが言えば、エミールはイヤがらない」
とつぜん、ハシェドは立ちあがった。あまりの勢いに、すわっていた椅子が倒れる。朝方のアブセスより、ひきつった顔をして。
一瞬、なぐられるような気がして、目をとじた。しかし、いつまでも、なぐられる気配はない。
目をあけると、ハシェドは泣いていた。
「なぜ、ですか……」
「なぜ?」
「なんで、そんなことが言えるんですか? いくらなんでも……ひどすぎる」
その涙はエミールのためか?
おれがエミールの意思を、はなはだしくないがしろにしたからか?
だとしたら、ヒドイのは、おまえのほうだ。
おれだって、こんなこと言いたかったわけじゃない。おまえが妬かせるからだ。
「おまえが……悪いんだ」
ハシェドの顔が沈鬱になった。
「わかりました。そんなに迷惑なら、おれを別の隊にやってください。ご命令があるまで、となりの部屋に移ってます」
「ハシェド——」
呼びとめたときには、もう、ハシェドは出ていってしまっていた。
なぜだ?
なぜ、そうなるんだ。
おれは、おまえに、そばにいてほしいんだぞ?
迷惑なのは、おまえのほうなんだろ?
出ていくハシェドを、ワレスは言葉もなく見送った。
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