六章

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六章

 なぜ、こんなことになってしまったんだろう?  おれの何が悪かったんだ。  何がそんなに、おまえを怒らせたんだ?  それとも、それほどまでに深く、おまえはエミールを愛しているのか?  とけない謎のように、そんな思考が、昨日は一日中、ワレスを(むしば)んでいた。  どうやって一日をすごしたのかもわからない。 「おや、もう起きてもいいのですか? 今日あたり、ようすを見に行こうと思っておりましたのに」  ロンドの声が、ワレスの意識を現実にひきもどした。 (そうだ。おれは今、こんなことで悩んでる場合じゃない)  自分でしたことならともかく、他人の作った罠におち、盗人呼ばわりされるなんて、無様なマネはごめんだ——  というのは強がりで、ほんとのところは、ヒマを見つけては看病にやってくる、エミールの顔を見るのがつらい。  だから、まだ完全とは言えない体で文書室に来た。 「今日はどんなご用でしょう? いつもみたいに調べものではないですよね。その体でムリに来るくらいですからね」  しなだれかかってくるロンドを押しかえす。  ワレスは明るい窓ぎわの席を占領する、ジョルジュのもとへ歩いていった。  絵描きのジョルジュは、ワレスに折られた腕もつながり、このごろは、わりに親しい言葉をかわしている。ワレスを見て、自分から声をかけてきた。 「よう。大変なめにあったそうじゃないか。小隊長。まあ、すわれよ。あんたの絵を描かしてくれるなら、話し相手になるぜ」 「あいかわらず、おれの絵で稼いでるようだな」 「だって、売れるんだから、しょうがない。ちゃんと服着たやつだ。安心してくれ」  それは知ってる。ハシェドも持ってた。  考えてみれば、ハシェドはなんだって、あんなものを持ってたんだろう?  ワレスの容姿に対する(あこが)れのためだろうか?  それとも……。  しかし、その思考を打ちはらう。 (今は考えるな。ハシェドのことは)
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