六章

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 *  盗品の売買をしている人物がわかれば、盗人の正体をつきとめるのも楽になる。その商人とひんぱんに売り買いしている客をさがせば、目星がつく。  それには、やたらと聞きまわっては、勘づかれる恐れがある。商人とその客が取引している瞬間を押さえなければならない。 (すると、二、三日後か)  それまでは、盗難の被害届けでも調べているしかない。 (中隊長のところへ行かなければならないのか)  イヤだが、さけてるわけにはいかなかった。書類は古くなれば大隊長に送られるが、当面は中隊長の管理だ。  被害の出かたで何かわかるかもしれない。一度はギデオンの部屋へ行かなければ。  先送りしていても、しかたない。  ワレスはその足で、東の内塔の最上階にある、ギデオンの部屋にむかった。  以前はコリガン中隊長が使っていた部屋だ。  ワレスはエミールとのかかわりで、二、三度、そこをおとずれたことがある。  当時はやわらかい色調の気持ちいい部屋だった。今はどうなっていることだろう。  扉をたたく。  ギデオンの声がこたえた。 「誰だ?」 「第二小隊長のワレスであります。中隊長殿にお時間をいただきたいのですが」  しばし、無言。  やがて、なかからドアがひらく。  ワレスを迎え入れたのは、メイヒル小隊長だ。 「どうぞ」  仮面のように表情のない顔で、メイヒルは言う。  なかへ入ると、ギデオンは机に向かっていた。書類を書いている。  古い壁かけと絨毯(じゅうたん)が変わっている。色調は暗いが、趣味のよさは認めなければなるまい。  ベッドは二つ。  たぶん、ギデオンとメイヒルで一室を使っているのだ。 「失礼いたします。中隊長」 「中隊長になると、文書の仕事が増えてつまらんな。おれは剣をふるってるほうが性にあう」  ギデオンはペンを置き、ふりかえった。ワレスを見て、ニヤリと笑う。 「なんの用だ? あきらめて、おれのものになりにきた——という顔ではないな。ウワサなら、おれのせいではない。あれについては、おれも遺憾(いかん)だ。立ち聞きしていた者がいたようでもなかったが」  それは真実だろう。  秘密を暴露することで、ギデオンが得るものは何もない。  しかし、ウワサを流した人物と、ワレスに罪をかぶせた人物は別人かもしれない。  それなら、書類を調べたところで、すでに証拠は、ギデオンににぎりつぶされている——という可能性もある。 「もちろん、私は中隊長を信じております。そこで、この一年の盗難届けを見せていただきたいのですが」  ギデオンは笑った。 「今日はおとなしいな。まあ、すわるといい——メイヒル。ワレス小隊長に飲み物をだしてやれ」  文机のほかに長卓がある。  ギデオンはその席をさししめす。
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