六章

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「お心づかいは無用です。自分で調べますので、中隊長殿は、どうぞ、ご自身の仕事を続けてください」 「まあ、そう言うな。毒を盛るわけではない。おれも同じものをもらおうか」  ギデオンの命令で、メイヒルが、かいがいしく動く。この二人の関係は、まるで夫婦だ。上官と補佐官は、どこもそんなものだろうか。  ワレスも思い知らされた。  たった一日、離れているだけで、日ごろ、どれほど、ハシェドに支えられていたかを。  精神的な面もだが、日常の業務においても、ハシェドはじつにさりげなく、ワレスをおぎなってくれていたと、いなくなって初めてわかった。 (おれが悪かったんだろうか。あんなによくしてくれてたのに、急に出ていきたいと言うなんて。おまえはいつも、どんなときも、そばにいてくれたのに)  まるで、ワレスの考えを読んだように、ギデオンが言った。 「今日は一人なんだな。小隊長」 「私が一人なら、問題でも?」  ワレスはギデオンの手から文書を受けとる。すすめられた長卓の席につくと、なぜか、ギデオンがついてきた。 「どうぞ、私は自分ですませますから」 「おまえを信用していないわけではないがな。いちおう、中隊長として文書の保存に責任がある。おまえが身の証をたてるまでは、容疑人であることを忘れるな」 「私が書類をすりかえるとでもお思いですか?」 「そういう疑いが、のちのち出ないための見張りだ。気にするな」  ほんとのところ、ワレスを近くで見ていたいだけかもしれない。しかし、言うことはもっともなので逆らえない。  言われたとおり気にしないことにして、文書を読む。  どれも似たりよったりの内容だが、たしかに最近になるほど件数が多い。 「換金券が盗まれるようになったのは、正確にはいつからですか?」 「ここ二ヶ月だな」  ちょうど、ワレスが小隊長になったころからだ。  それが、ひっかかる。  そんなに前から、ワレスを罠にハメる計略があったのか。  それに数も妙だ。  ワレスの弱みをにぎるためだけなら、ほんの二、三枚あればいい。二十枚というのは多すぎる。  これでは弱みをにぎるためというより、ワレスを小隊長の地位から追い落とそうとしているかのようだ。いや、砦そのものから追放したいかのような。  どうも、ほんとに、ギデオンの仕業ではないらしい。  そして、もっと気になることがある。  盗まれているのは、換金券ばかりではない。券を盗んでいく者は、同時に金や宝石も盗んでいく。  ワレスの部屋から出てきたのは換金券だけ。宝石はなかった。おそらく、例の商人の手で処分されてしまっているだろう。  盗難数も圧倒的に券より宝石のほうが多い。  むしろ、券はついでで、ほんとに欲しかったのは宝石のように思える。
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