二章

1/7
前へ
/91ページ
次へ

二章

「はい。出て、出て。小隊長が湯浴みなさるんだからね。見たくても、ガマン、ガマン」  東の内塔のワレスたちの部屋。  湯を運んできたエミールが、同室のアブセスやクルウを室内から追いたてる。  ワレスが第五分隊長だったころは、三段ベッドがならんだ十人部屋だった。今は別の部屋に移り、少しはマシになっている。  円卓と椅子のセット。戸棚と衣装ダンス。冬のあいだだけ出しておく簡易ストーブ。ベッドは二段のものが二つ。ワレスには別に一人用だ。  ここを、ハシェド、アブセス、クルウの三人と共同で使っている。  もとの第五分隊を、そのまま第一分隊に持ってきて、身のまわりを気に入りの部下でかためたわけだ。  ほんとは部屋を移るとき、五階にはワレスの一人部屋を作るゆとりがあった。共同部屋にしたのは、もちろん、少しでもハシェドといる時間がほしかったからだ。  ハシェドと二人きりでは怪しまれるし、自分の理性に自信がなかったので、おとなしそうなユイラ人の二人をオマケでつれてきた。 「おれはかまわない。廊下は寒いだろう。なかへ入れてやれ」  ワレスは言うが、エミールは聞かない。 「ダメっ。出て。出て」  可愛いエミールに言われては、誰も文句を言えない。クルウとアブセスは苦笑しながら出ていった。ハシェドも例外ではない。 「あとで残り湯でいいので、使わせていただけますか? そろそろ井戸の水は冷たくて——」  まだ言いかけてるところを、エミールに背中を押されていく。  しかたないので、ワレスは早めに湯を使ってしまうことにした。  湯浴みと言ったって、食堂は忙しい。エミールが一人で大量の湯を運べるわけでもない。大きめのたらいに一杯だけ。その湯で布をぬらして体をふくのだ。  夏場はワレスも井戸の水を頭からかぶっていたが、ハシェドの言うとおり、それはつらくなってきた。  部屋のストーブでわかせる湯の量はたかが知れてる。こういうとき、厨房に知りあいがいると便利がいい。少しの駄賃で湯をわかしてもらえる。  辺境の砦には、兵士のための入浴場など、むろんのことない。 「ねえ、背中、ふいてあげるよ」 「いや、それより着替えを出してくれ」 「どれ着るの?」 「どれでも」 「どれでもったって、あんた、衣装持ちだからねえ」  エミールはワレスのタンスをあけて、ゴソゴソしている。  以前は服も何もカバン一つに詰めて、ベッドの下にころがしていた。部屋が変わってから、服がシワにならなくて助かる。  なにしろ、ワレスはの隊長の三倍は服を持っている。ジゴロをしていたころの名残である。 「あっ。また増えてる」 「長袖が少なかったからな。砦の冬がこんなに寒いとは思わなかった」
/91ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加