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どう見ても作業用の椅子だったが、俺は黙って腰掛けた。
すると、レオナルドはスケッチブックを抱え、なにやら描き始めた。
「おい、何してる」
「見て分からないか? デッサン」
「俺は話をするためにここへ来たんだ」
「分かってるよ」
口ではそういいながら、レオナルドは描く手を止めようとしない。
俺は言い表せない憤りを感じ、すぐさま立ち上がってレオナルドの手からスケッチブックを取り上げた。
「あなたのお遊びに付き合っている暇はないんだ!」
「落ち着けよ。何をそんなに苛立っているんだ」
「・・・・・・っ」
俺がどれほど焦燥し、怯えているかなんて、この男に分かるはずもない。
母が死んで、さっさと国を出て行ったこの男には、何一つ分かるわけがないのだ。
いっそ勢い任せに怒鳴り散らせたら、どれほど楽だろう。
のどの奥にこみ上げてくる暴言を我慢していると、手の中でスケッチブックがぐしゃりと曲がった。
その途端、飄々(ひょうひょう)としていたレオナルドが、血相を変えて俺の腕をつかんだ。
「おい、それを離せ!」
俺の手から、いびつに曲がってしまったスケッチブックが取り上げられる。
レオナルドはスケッチブックを大切そうに抱え、俺に初めて怒りのこもった強い視線を向けた。
「いくらお前でも、これを傷つけるのは許さないぞ」
「たかがスケッチブックだろ」
「馬鹿野郎。これは俺の命よりも大事な物なんだ」
そっとスケッチブックをなぞる手が、優しい。
長いウェーブがかった前髪の隙間から、慈愛に満ちたレオナルドの表情が見えた。
「これには、俺と姫様の思い出がたくさん詰まっているんだ」
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