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肉食獣が、子鹿の喉笛に食らいついているようなーーそれでいて一枚の絵画のように美しい構図。
ルーカスの細い腰を抱き寄せ、無意識に背をそらせて快楽から逃れようとする彼を、マースはもう片方の腕で拘束していた。
真っ白な犬歯が、ルーカスの首に深く突き立てられている。
痛いに決まっているのに、ルーカスは天井を仰ぎ、人目もはばからず声を漏らしていた。
ーーいや、ダルスが目に入っていないのだ。
最早、マースはルーカスを、ルーカスはマースしか見ていない。
少しでもルーカスが痛がれば、マースはすぐ吸血対象者のシャツの中に手を滑り込ませ、あやすように子鹿の体を撫で回す。
そのたびにルーカスは喘ぎ、悦んでいた。
そこだけ世界が違っていた。
見入ってしまっている自分に気がつき、ダルスは慌てて部屋から出た。
慌てていても、彼らだけの世界を邪魔しないよう、静かに。
閉じた扉に背を預け、跳ね上がる心拍を感じる。
吸血しているときのマースは、ヴァンパイアの顔をしていた。
側近であるダルスは幾度となく、彼が吸血する姿を見ている。
そのたびに胸が異様なほど高鳴る。
この気持ちがいったい何なのか分からず、持て余すばかり。
皮膚の上からでも分かるほど暴れ回っている心臓に手をおくと、ひときわ大きなルーカスの嬌声が、背後の部屋から漏れてきた。
何度も"団長"と呼んでいる。
自分が部屋を出てから、マースはどんな顔で彼を抱き、血を吸っているのだろうーー。
本当に抱きたいのは、あの青年だけだろうに。
スペアに彼を重ねて、抱いているのだろうか。
それとも、本当にただの食事なのかもしれない。
「・・・・・・どちらでもいいか。俺には関係ないことだ」
そう、自分を律した。
今成すべきはーー、
「団長の悲願達成。そして、ヴァンパイアの根絶」
成し終えるまで、孤狼は他に気を取られることを許されない。
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