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「ノックと名前」
扉に手をかけてほんの少し動かすと、向こう側から突き刺さるような声がしたから、その通りにした。
「3年A組、千代田ですけど」
短い返事のあとに入室する。生徒指導室という大層な名前がついた部屋の真ん中で、彼は相変わらず眉を顰めていた。機嫌が悪いな、と凪は一瞬で察する。
「どーしたんですか、蒼先生」
「神谷先生だ」
すかさず蒼が訂正する。追いかけるように溜息を吐く。凪はだるそうな身体を引きずって、促されるまま正面の椅子へと腰を下ろした。
「俺、なんかしました?」
「呼び出しの理由は二つ。現代文の成績と、風紀指導」
「マジか。そういうのって山ちゃん先生がやるんじゃないの?」
クラスの主担任である山本のあだ名を聞いて、蒼はぴくりと右眉を震わせたが、取り直すように咳払いをする。
「山本先生は男子バレー部の引率中だから、ひとまず俺が任されたんだ」
「ああ、全国大会だっけ。俺も応援行きたかったなあ」
「……千代田凪」
「うん?」
鋭い視線はまるで氷みたいだ、と凪は思った。きっとこの部屋の温度で溶けることはない。
「お前には危機感がないのか。指導室呼び出しなんて、俺が学生の時にやられたら気が気じゃなかったのに」
「どこかに落っことしてきちゃったかもね」
のんびりと答える凪。蒼は頭痛を無理矢理抑えるような仕草を見せた後、彼を睨んだ。机に広げられたクラス名簿もペンケースも、全てが寸分違わず向きを揃えて置かれている。
これは苦労しそうな性格。凪はそんなことをぼんやりと思った。
「とにかく、現代文は来週から中間試験まで補習するから」
「ええっ」
「これ以上成績落とすなら大学の推薦枠も危ないぞ」
「それは困る」
凪は蒼が想像しているよりも不真面目ではないし、予習こそしなくとも宿題はきちんと提出していた。理系科目は同学科でも上位に入るくらいだ。
不運だったのは、国語を含む五教科で一つでも欠点をつけられれば大学へのエスカレーター進学が認められないこと。凪は国語だけが壊滅的に苦手だったのだ。
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