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短い独り言の数々を口にしてもう一度やり直すが、また同じところで中断される。思い詰めたように視線を上げた蒼は「お前と同じ向きでやらないと、できない」と言った。凪は一瞬呆気に取られる。
「これならわかる」
ネクタイをしゅるりと解いて、蒼が凪の背後に回る。両手でそっとネクタイを首にかけた。満足そうな声色とは裏腹に、妙に近くて落ち着かない距離感。
蒼の手から伝わる体温が、シャツの肩口へとやけに鮮明に広がる。火傷みたいに残りそうだとさえ凪は思った。
耳元で響くのは、透明よりも透明に近いあの声だ。
「おい、千代田」
はっとして、凪は振り向く。
「ちゃんと覚えたのか?」
「ごめん、もう一回やって」
案の定蒼は盛大に嫌がったが、不器用な学生を助けると思って、と拝み倒してみれば彼は渋々応じてくれた。同じことをそれから3回繰り返した。
「凪、どこ行ってたんだよ。もう昼飯食っちゃったぞ」
「ちょっと呼び出しくらってた」
昼休みも残り僅かの教室に戻ると、友人の鹿島ヤマトが凪を咎めるように下唇を突き出した。昼飯を食べそびれたことにようやく気づいたが、不思議と食欲は収まっていた。
「五時間目ってなんだっけ?」
「家庭科。しかもテストだぜ」
「あー……そうだった。リンゴの皮むきか」
「めんどくせえよな。リンゴなんて丸ごと食えばいいのに」
ヤマトはうんざりした顔で、踵が潰れた上履きで歩く。
「俺はわりと料理好きだけどな」
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