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雨の日にはきっと何か落ちていて、冷たく濡れながら誰かに拾われるのを待っているんだ。
たとえば音の狂ったオルガンだとか。
たとえば銀の指輪だとか。
あるいはちいさな男の子だとか。
「また拾いものかい」
声とともに背後から差し掛けられた傘はつぎはぎで、そのつぎはぎはいかにも不器用な手によるものだと、一見して、判る。この傘を、御隠居が持つには何とも不細工ですねえと、云ったのは慈雨(じう)で、全くもって不細工だわと云ったのは伽羅子(きゃらこ)で、何も云わないのが口無(くちな)しで、莞爾と使っているのが御隠居だった。
そら、内(なか)にお入りと、御隠居は雨の路(みち)にうずくまる少年を招いて、少年は肩を小さくして、つぎはぎの傘の客となった。
「こんなに濡れちまって。そうなんでも拾うもんじゃないよ。困った子だな、お前と云う子は」
そう叱る口調は、やさしい。
「ご隠居だって、俺を拾ったじゃないですか」
うつむいた前髪の、しずくを垂らして、少年は云った。
「お前の拾いものとは訳が違うよ。お前のは全く癖だからな。どれ、何を拾ったんだ。見せてごらん」
うながされ、少年は男に手を差し出した。握りこぶしをくるりと返して開いて見せれば、「──指輪か、」
「はい」少年は頷いた。
御隠居は長い指でつまみ上げ、しげしげと見た。
「何の変哲も無い指輪だ」
つまらなそうに、感想を云う。御隠居が心を動かされるモノなんて、一体この世に幾ら在るんだろうと、少年は思った。おそらくは、十(とお)も無い。
「何の変哲も無い指輪でも、心が有りますから」
生真面目に、少年は答える。男の貌に微笑みが泛かぶ。
「お前が云うのなら、きっとそうなんだろう」
返された指輪を、少年は大事そうに巾着袋に仕舞った。
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