ひろいもの無用

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「さあ、帰ろうか、さゆや。皆が待っているし、見世(みせ)も開けなくちゃ不可(いけ)ないからな」  少年はそっと眉を寄せた。「その名前で呼ぶのはやめて下さい、御隠居」 「どうしてだい。私が呉れた、素敵なお前の名前だ。気に入っているんだよ」 「立派すぎます」 「哀しいな。折角(せっかく)呉(く)れたモノを粗末にされて」 「粗末になんか、していません」  少年は困ったように睫を伏せる。男は笑った。 「あまり大事にし過ぎるのも、粗末にするのと同じだよ。モノは使われてこそ、ひかり輝く性分だって、お前が一番判っている筈じゃないか」 「……はい」  素直な返事に、御隠居は満足げに頷き返す。 「では、今度こそ本当に帰るぞ、さゆや」 「はい、御隠居」  時間と空間とを端折って、二人が棲み処に帰れば、すぐさま玄(くろ)い犬が駆けてきて、さゆやの腹のあたりをくんくんと嗅ぐ。 「またお前の股座(またぐら)を嗅いで。全くいやらしい犬だな、この犬は」  御隠居の言葉に、犬はウウと、牙を見せる。 「嗅いでいるのは腹ですよ、御隠居。ちょうど鼻面がそこにくるんだもの、仕様が無い」  さゆやは犬の頭を撫でる。犬は大人しくなった。 「おや、またそんなボロ傘を使って。御隠居、風格が落ちるから止した方が良いですよ」  男が奥から出てきて云う。彼は御隠居と姿形が瓜二つである。 「そうは云ってもな、慈雨(じう)。私はこれを気に入っているんだ。阿(お)さゆが小さな手で懸命に繕ったもの、可愛いじゃないか」  慈雨と呼ばれた男は溜息を吐いて、 「またそんな戯言を云うのですからね、御隠居は」 「新しいのを見繕うのが面倒なだけでしょう、御隠居は」  着物にエプロンをつけた少女が出てきた会話に加わる。 「きっと伽羅子(きゃらこ)の云うとおりだ」  さゆやが同意する。少女は土間に下り、さゆやの頭に手拭いを掛けてやる。少女の方が、背が高い。
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