35人が本棚に入れています
本棚に追加
「若旦那ったらまたこんなに濡れて。黴(か)びてしまったらどうするの」
「伽羅子、そこはね、風邪をひいたらどうするんだって、心配をするんですよ。その方が、ずっと人間らしい」
慈雨が訂正をする。伽羅子はさゆやの頭をわしわしと拭きながら、
「風邪ひくの、若旦那?」
「ひかないよ。俺は、どちらかと云うと、黴(かび)生えるんだ。伽羅子、おにぎりは?」
「たあんと、作ってあるわよ。若旦那の云うとおりに。梅干しでしょ、昆布(こぶ)でしょ、野沢菜でしょ、鮭でしょ、あと……」
「ツナマヨ」
間髪入れずにさゆやは答える。「そう、ツナマヨ」と、伽羅子は頷いて、さゆやの頭から手拭いを外した。
「食べる、若旦那? 焙じ茶入れましょうか?」
さゆやは式台に上がり、濡れた下駄を揃えて置いた。
「うん、食べる。食べて、見世を開けなくちゃ。その前に、慈雨、」
「はい、若旦那」
慈雨がかしこまる。
「着替えさせて。それから、髪も」
「全く、うちの若旦那は」
やれやれと、慈雨は肩をすくめ、両手を上げる。さゆやは眉ひとつ動かさず、
「それはあんまり人間の振り過ぎるよ、慈雨。御隠居はそんなことしないだろう」
「……キヲツケマス」
くく、と、伽羅子が笑うのを、慈雨は睨んだ。
最初のコメントを投稿しよう!