1 依頼

3/10
前へ
/10ページ
次へ
家の中は、今、はやりの古民家カフェのような雰囲気になっていた。中は少し薄暗く、柱時計の振り子の音だけが響いている。 廊下のところどころに、先生の作品なのか、なんと書かれているのか分からない筆文字で、大小さまざまな作品が額縁に入れられて飾られていた。  と、まわりを見回しながら、恐る恐る奥に進むと、一つだけ扉が開いている部屋があった。  開いている扉をのぞくと、そこはリビングのようであった。  足の低いテーブルがあり、壁際の部屋の棚には多くの酒が置かれている。有名な銘柄から見たことない様なものまで、全てが日本酒のようだった。  部屋の中は、廊下とは違い、大きな窓が付いて、太陽の光が十分に注がれて暖かい光に包まれている。  窓際は、縁側になっているようで、外に見える庭は、京都の町屋にあるような日本庭園のように、綺麗に整えられていた。  街の大分離れた郊外にあるせいか、外から車や人の声が聞こえる事もなく、自然の音だけが聞こえる、なんとも落ち着く空間であった。 そんな、部屋の中には誰もいなかった。 そのため、私はふたたび部屋の入口付近でポツンと立ちつくした。 「なにしてる」 「!?」 「早く座れ」 突然、横から声を掛けられ、私は肩を揺らした。 右に顔を向けると、そこには眉間に皺をよせた先生が、怪訝な顔で私を見ていた。その手にはお盆の上に乗せたお茶と茶菓子を持っている。 先生の後ろに視線を向ければ、そこにはキッチンがあるようで、どうやらそこから出てきた様であった。 そんな、無駄に先生を観察していて動かないでいた私を見て、先生は小さくため息をついて、再び不機嫌そうな声で言った。 「座らないのか? 話がないなら、さっさと帰ってほしいんだが」 「えっ、あ、す、すみません! 今、座ります!」 これ以上、動かないでいると追い出されかねない不機嫌さに、私は慌ててテーブルの座布団の上に座った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加