1 依頼

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そう言って、私は一枚のDVDを差し出した。 それは、新進気鋭の監督が手がける作品で、鐘有映像製作所にとって、威信を掛けた作品であった。 株式会社鐘有映像制作所は、昔は、そこそこ名の知れた映画の製作会社だった。 が、今ではネットで流れる映像やB級映画やロマンポルノなどを手掛ける、驚くほど貧乏な制作会社であった。人件費を最小限まで抑えるため、限りなく最小限の人だけを置いたギリギリの経営をしている。 そんな状況を打破しようと、社長は社名を掛けた大博打に出た。 それこそ、今、世間に名が売れ出した新進気鋭の監督を迎えて映画を製作する事であった。しかし、社員は初め、そんな有名な監督が我が社で映画を製作してくれる訳がないと誰もが思っていた。 だが、それでも一か八か話だけでも持ちかけてみようと、社長の昔のコネを使いまくり、その監督に接触をして話を持ちかけた。 すると驚くことに、予算は驚くほどの低予算にも拘わらず、なぜか、その監督は面白がって引き受けてくれたのだ。 何かの間違いじゃないかと、社員達は信じられない思いだったが、監督自身が直接話をしに来た時には、大いに盛り上がった。 そんな感じで始まった映画製作であったが、ある事がきっかけで今では世間の話題に上がっていた。 『低予算で、新進気鋭の監督が、どんな作品を作るのか?』 監督のファン達がネットで騒いだことをきっかけに、作品の内容未定、タイトルも公表されていないのも相まって、ネットで拡散していったのである。  社員の予想を覆して話題になってしまったその映画、内容は、ある書家の青年と女性との恋愛の物語なのだが、実はタイトルは本当に決まっていなかった。 というのも、話は、1年ほど前まで遡る。
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