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大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出した。身体の各所で滞ったものをほぐすように数階の屈伸をする。「よっし!」と声に出して意識を引き上げる。
「カッとなって殴ったりしちゃダメだぞ?」
「感情的にはならねぇよ、落ち着いて、冷静に、やってやる」
牛尾とのやりとりを背に、犬養は階段へと向かう。
一階へむけて一段一段と下っていく。
ジャケットの袖を捲り直す。右手の力を抜いて、ぎゅっと力をこめて握りしめた。
行方を追っていた相手のほうから会いにくるとは思わなかった。
どんな用件なのか。なにか仕掛けがあるのか。
思いを巡らせたところでなにもわからない。わかるわけがない。
面と向かって聞くしかない。
これは決定的なチャンス。
情報屋の森山へつながる唯一のか細い手がかりだ。
掴み、手繰り寄せればそのさきには申谷が求めているものがある。
そして、この機会を逃すといろいろなものが手遅れになりそうな危うさも感じた。
井戸川は階段からやってくる犬養にまだ気づいていない。
エレベーターの到着ランプが灯ると身体をびくつかせている。開いた扉から出て来た人々の顔ぶれを確認すると息をついたようだった。
階段を降りて来る犬養に気付きもしない視野の狭さに余裕のなさが感じられた。そのあいだにも腕を組んだり、膝の上に肘をついたり、手のひらでジーンズの太ももをさすったりして落ち着きがない。
犬養は階段の最後の一段を下りながら、握っていた右手を解いた。
息を吸い込んで、吐き出すとともに全身の力を抜いていく。
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