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すると犬養がぶっきらぼうに声をあげた。
「これで勘弁してやる」
井戸川はじっと固まっている。まるで直視するのを恐れるように俯いている。
「お前に言いたいことは腐るほどあるけど、でも今はそんなんぶつけてる場合じゃねぇ。だからさっきの一発で全部ナシだ。野暮なことは言わねぇ。俺はお前を責めない」
天井を見上げていた犬養は顔を横に向ける。
うなだれている幼馴染を視界にいれた。
「便利屋スターフィッシュへようこそ。本日はどのようなご用件で?」
膝においた手をゆっくりと握り締めながら、井戸川は恐々とした動きで顔をあげていく。
犬養は見慣れたはずの相手の姿を見て目を細めた。
いつもなら反抗的な棘のある目つきをしているはずが、鋭いものはどこにもなかった。目元に出来た隈や、くすんだ顔色からも、心身ともにすり減っているのがわかった。
井戸川は握った手を震わせている。
か細い声が絞り出された。
「……犬養。テメェだったらどうしてた……?」
その表情は全身の痛みを堪えているようだった。
「どうやったらテメェみたいにうまくやれたんだよ……」
膝の上の拳は白くなるまで握り締められている。眉間に深いシワをよせ、曇天のような重く暗いものが顔だけでなく身体全体に貼りついていた。
犬養は鼻を鳴らして息をついた。腹筋で起き上がると、ジャケットについた塵を払い落す。
「俺が俺だけでうまくやれたことなんて今まで一度だってねぇよ。いっつも誰かが助けてくれてたんだ」
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