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犬養は口角を持ち上げた。
ひざをついたままの井戸川は、そばにやってきた申谷を見上げて身体をこわばらせている。
「森山の居場所を知っているか」
「……あぁ」
苦い表情で頷く。直視するのを恐れるように視線を泳がせつつ、相手を見上げる。
「あんたを連れて来いって命じられてる。そうしたら仲間たちを解放してもらえる」
「話が早い。連れて行け」
申谷はスーツの袖口を正しながら、エントランスの出入り口へと視線を向けた。
「えっ、あ。まさか、いまからっ?」
目を丸くした井戸川は狼狽えるように犬養のほうを見た。
「あたりまえだろ。あっちもこっちもどっちも会いたいってなってんだから」
「俺はべつに、どうすりゃいいか聞きにきただけで……ってか犬養、てめぇも行くのかよ」
「オレが行かなきゃだれがナビゲーションするんだよ」
当然のように犬養は言い切った。迷いも躊躇もない。進むべき道はそこしかないと言わんばかりの態度だった。
面食らう井戸川へ、申谷が言葉を投げかける。
「だが、約束が丁寧に守られるとは限らない」
淡々とした口調。その眼差しは落ち着き払っていた。
棘も鋭さもない言葉に、井戸川の表情は痛みを堪えるように歪んでいく。
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