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「……そんなもんわかってる」
犬養はなにも言わず、曇りきった幼馴染の横顔をながめる。
「俺は仲間を助け出すために森山さんの下についた。相手は銃を持ってるし、ちょっと前までは武装した部下みたいな男たちもいたから、バレないように少しずつ逃がして行こうとした。だけどあいつら、どうせ逃げても連れ戻されて酷い目にあうってめちゃくちゃ怯えてて、俺や山下の言葉なんかまったく届かない。見捨てることも出来ないし、森山さんの手伝いをしながら機会を伺ってきたけど、動かすことができないならぶっちゃけ手詰まりだ」
言葉は深い吐息とともに消えそうになる。
「あいつらのなかではもう、森山さんは恐怖そのものになっちまってる。姿が見えなくても、互いに監視しあって、自分を守るために仲間を売ったりもしてる。逃げることも、逃げようと思うことも出来なくさせられてる」
削り出すような声。目元には薄暗い影が浮かんでいる。
彼が見たもの聞いたものが、冷たく粘着質な黒い靄となってまとわりついているようだった。
「わざとらしい言葉でもそれに賭けるしかないんだ。あの人がこの街から出て行ってさえくれれば、なんとかなるかも知れないって……」
うなだれたまま目元を拭う。
申谷は数秒ほど黙り込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「このまま便利屋に保護を求めるなら、森山の居場所だけを教えてくれ」
すると井戸川は手のひらを握りしめた。床についた膝のうえで拳がきつく固められる。
「俺が案内する。俺が動かなきゃ意味がねぇんだ」
はっきりと言葉にして顔をあげ、いきおいよく立ち上がった。揺らぐ足に力を込めて踏ん張る。赤くなった目で申谷を見上げる。口元を引き結んだ真剣な表情から、言葉通りの決意が感じられる。
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