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便利屋社屋の五階。
居住区域の一室が申谷のこの街での拠点だ。
シングルベットにソファ、ひと通りの家具や家電が揃っている。バス、トイレ、洗面台のほかに簡易キッチンもあり、長期滞在にも耐えうる設備だった。
半分ほど開いたカーテンから陽が差し込んでいる。
窓から眺める街の景色も見慣れたものになっていた。だが、あと何度目にするかはわからない。
糊の利いた白いワイシャツに、ショルダーホルスターを装備する。朝のうちに整備をした銃を左脇のホルスターに納め、右のポケットに予備弾倉をいれた。
グレーのジャケットに袖を通した。ワイシャツの衿と、袖口からのぞくカフスを整える。
意識的に呼吸を深める。ゆっくり吸って、時間をかけて吐き出していく。
そうやって、胸の炉心に直接引火しそうになる気持ちを落ち着かせていた。
目的が達成されるかも知れない瀬戸際にある。
積み重なった月日や労力や精神、ここに至るまでのすべてがかかっている。
トレンチコートを羽織り、部屋の扉へ向かう。
その途中で壁にかかった姿見に自身が映り込んだ。
鏡のなかから見返してくるのは、落ち着いた目をした男だった。
焦りは禁物だ。情報は生き物で、慎重にいかないと逃げ出してしまう。
胸のなかで語りかけると、鏡のなかの人物はしっかりと頷いた。
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