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「地下へ降りる」
そう言って井戸川が足を向けたのは大通り沿いの建物だった。
建物の入口とは別に、砂埃で曇ったガラス製のドアがある。ドアを覆う格子状のシャッターは半分ほど開いていた。
地下へ向かう階段は薄暗い。数十段ほど降りると踊り場になり、外からの光は遠のいて壁や低い天井には影が貼りつく。井戸川を先頭に、犬養、申谷と続いて一段ずつ踏みしめて地下へ下っていった。
足音が波紋をひろげるように反響する。青空に照らされている地上から逃げ込んだ影があたりを覆っている。川べりのような湿った匂いがしていた。どこか遠くのほうから水が滴る音が聞こえて来る。
犬養はショルダーバックから取り出したハンドライトを灯した。
「地上が手狭になったから、じゃあ下にもって作ったらしいぜ」
白いライトが周囲を照らし出す。
石畳が敷かれた通路は地上の大通りほどの道幅がある。広々とした空間は地下の息苦しさを感じさせない。アーチ状の天井が頭上を覆い、通路の左右には二階建ての、同じ背丈の建物が並んでいた。
どれも軒先はトタン板やシャッターが塞いでいる。締め切られた窓辺に人の気配はない。永遠の閉店を無言で訴える建物群は道に沿ってどこまでも連なっていた。
「地下街は南北にのびる通りと、東西にのびる通りが十字を描くように広がっている。最盛期なんか夜はいつも大賑わいだったって、うちの前所長に聞いたことがある。携帯電話とかない時代だったけど、ここにくれば大概のやつと出会うことが出来たって」
水痕の染みこんだ壁をライトが這う。申谷は埃をかぶった案内板に目を留めた。
降り立ったのは南北通りの北よりの場所だった。通路のいたるところに地上への出口があり、かつては地下街を通り中州のどこへでも行ける構造になっていたようだった。
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