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もう少しで現場に到着するまさにその時、人が墨染めの桜へと近寄るのが見えた。 「くっ…」 しかし、式のスピードはこれ以上早くならない。 それでも何とか助けようと翡翠が式を呼び出そうとしたその刹那、また桜が揺らいだ。 黒い霞の中から仄かに光を纏った女性の姿が現れ人が桜に近寄るのを阻止した。 しかし実体が無い女性の身体をすり抜け、その者は桜に触り生気を吸われ倒れ落ちると、女性は倒れた者の側で肩を震わせるとすうっと消えた。 その後、黒い霞が消えると桜も元の淡紅色に戻った。 「あの女性は…亜子姫、そんな…まさか」 霞の中から現れた女性を見た翡翠は、暫く呆然としたが気を取り直すと被害者の所へと急いだ。 しかし、その者は生気を吸われ生き絶えていた。 「亜子姫とこの桜の怪がどう結びつくのだ」 死者の瞼を閉じらせながら翡翠は呟いた。 「だが…亜子姫がここに居る筈はない」 翡翠は行方知れずとなった亜子姫を、桜館の依頼で仕事の合間に探していた。 だが頼まれなくても、翡翠は探していただろう。 翡翠と亜子姫は一時期同じ屋敷に住んでいた。 東西の棟と離れていたが、幼少の頃は亜子姫も庭で遊ぶ事があり、自然と顔見知りとなり遊ぶようになっていた。 大人になり、亜子姫が屋敷に住む理由を知ったが、急に屋敷から居なくなった亜子姫の事を翡翠は忘れていなかった。 陰陽師となり、妖退治に都の外に出るようになり、亜子姫と再会した時の事を翡翠は思い出した。 憂いを帯びたその表情は、屋敷に住んでいた少女とは違っていた。 明るく微笑む少女の面影は無く、自分の運命を受け入れた芯の強い女性へと亜子姫は変わっていた。
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