12人が本棚に入れています
本棚に追加
貝合わせを、愛おしそうに見つめ翡翠は呟いた。
「自らの力を花弁に込めていたのでしょう」
翡翠の手の中で桜の花弁が緩やかに消えていく。
「では…あの姫は既に…」
典保はそう呟くと桜の木を見上げた。
「翡翠殿。見てください桜が綺麗ですよ」
「典保殿、何を…っ」
術の中心となった桜は本来の色を取り戻し淡紅色に戻っていた。
桜の花を見上げ翡翠は、亜子姫と出会った時の事を思い出した。
まだ二人とも幼く、姫の素性を知らなかった幼い日を。
はらはらと桜の花弁が散る中、翡翠は亜子姫が贄にされようとも人々を守ろうとした、その思いを桜から感じた。
「貴女らしい…亜子姫、貴女は運命を知りながら逃げずに戦った。だが、私は貴女に生きていて欲しかった」
桜をじっと見る翡翠に、保典が話し掛けた。
「私、思ったのですが…この事件の黒幕は姫では無いと…」
「まだ推測ですが、姫は贄になる為に生まれてきたのです。黒幕は別にいます。それは…」
その後の言葉を翡翠は飲み込んだ。
悔しそうな表情の翡翠に、典保が力強く語り掛けた。
「では、退治は是非一緒に…ちゃんと連絡してください。忘れずに」
典保は、翡翠の目を見るとにっこり微笑んだ。
「…善処…します」
典保が身分が上の為、反論出来ない翡翠は頬を引き攣らせながら典保に頭を下げた。
「…なかなか骨があるな」
翡翠はそう呟くと桜の木をまた見上げた。
あの時、翡翠を誘った花弁は亜子姫だったのか今となっては分からないが、舞い散る桜の花弁が姫の涙の様に思えた。
「さて、どうやって黒幕をあぶり出しましょうか」
楽しそうに話す典保に翡翠は、諦めに似た溜息を吐き渋々頷く。
「…ああ、全員捕まえてやる」
「では、また都まで空の旅を楽しみましょう。ああ、楽しみですね」
うきうきとした典保に、翡翠はまた溜息を吐いたのだった。
ー完ー
最初のコメントを投稿しよう!