クリス・レイモンドの手記 1

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あれはほんの偶然だった。 戦による混迷の日々はすでに過去となってひさしく、いまはこうして平和の世が保たれている。 だが、いつの世も、平和の影のどこかに争いの種はあるものだ。注意しなければ気づかないくらいの不穏な動きが、某国にあるらしいという内密の情報は、まだごく数人しか知らない極秘事項だった。 その日私は、見回りのため、奥宮殿の暗い廊下を歩いていた。 宮殿には東西に塔がある。 戦時には王族や女子供が詰めたりなどしたものだが、今ではほとんど使われることもなく、常に固い鎧戸が閉められていて、真っ暗で湿気っぽい。そのカビくさい塔に足を運んだのは、王命による偵察と、警戒からだった。  城の内部に敵と通じているものがいるのではないか――。そんな情報がいずこからあり、密かに調査せよという命を受けたのがひと月前。それから毎夜、こうして見回りを続けている。 ほこりだらけの廊下を見れば、もう長いこと宿直の部下たちも、巡回をしていなかったことがわかる。たしかに、こんなカビと埃しかないような場所には、盗人さえも忍び込みはしないだろうと、普通ならそう思いがちだ。が、本当ならそんな場所であるからこそ注意すべきであろう。 もっとも、極秘の情報を知っているものは限られていて、平素よりも緊張を増していたのは隊の中では自分くらいのものだから、すっかり平和慣れしている現状では、まあ致し方ないといえないこともないのだが。   閉ざされた無人の空間に、自分の持つ燭台の灯りだけがぽうとうかんでいる。ときおり外から吹き付ける風が、寒そうな音をたてて鎧戸の隙間から入り込み、ろうそくの小さな炎を揺らす。風に吹き消されそうになるそれを手で覆い、火がふたたび落ち着くのを待って、また歩き出そうと目を上げたとき、おや、と思った。  奥のほうからかすかな明かりが見えた気がしたのだ。   こんな時間に無人の古塔に何者かがいるということは、ここでなにかが行われている可能性がある。 不穏分子が誰かと接触しているとすれば、ひょっとすると共謀の現場をおさえることができるかもしれない。 そう思った私は、素早くろうそくの火をふき消し、慎重に足音を忍ばせて廊下をすすむと、ある一枚のドアから灯りがもれているのをたしかめた。
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