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「お待ちください!」
私はあわてて声を張り上げてしまった。無意識に出た大声に、自分で戸惑う。止めたはいいが、このあとはどうするつもりだったのか。結果、当然姫君は驚かれるだろう。どう見ても今の自分は、覆面姿のあやしい曲者、場合によっては騒ぎになる。
さて、どうするか……。
が、そんな私の心配は無用だった。
姫は落ち着いて尋ねられた。
「どなたですか」
やれやれと、とりあえずは胸をなで下ろしたが、ここで堂々と名乗るわけにもいかず、つい目にうつった菓子につられて、チョコレートの精などと言ってしまった。つい数年前はまだあどけない姫君だったエリカ様だが、今はすっかり大人びて、さすがにそんなものを信じるはずもないのに、なぜそんなことを口にしたのか、自分の間抜け具合にあきれてしまう。
けれどもやさしい我が姫は、そんなバカげた話にもイヤな顔ひとつせず耳を傾け、それを素直に受け止めてくれた。
そしてそんな姫君であるから、もしもどこかにその心を曇らせる原因があるのなら、せめて聞いてさしあげたいと、ふと私はそんな気もちになったのだ。
姫君は、はじめは口をつぐんでいたが、次第にぽつりぽつりと話し出し、数分後には私は、彼女がチョコレートを暖炉に投げ入れようとしたわけを、すっかり知ることができた。
渡すことのできないチョコレート、それは姫の胸に秘めた切ない想いにほかならなかった。
相手が身分の違う者となると、彼女が思い悩むのも無理はない。王女という立場では、その恋が成就することはまずありえないからだ。
目下、姫君には隣国カンタリッジとの縁談話が持ち上がっている。それがすでに、来年に決まったという話にはおどろいたが、それも国同士の事情で、致し方ないことなのだろう。
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