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温かい日差しが船内に入り込むと、ユウタはまどろみの中でうとうとし始めた。眠りに入るこの瞬間が、とても心地よい。瞼が閉じようとしたその瞬間に、ぐらりと船が大きく揺れた。
「うぅっ、黴臭ぇ。ユウタ、お前、よくこんな所で昼寝なんかできるな」
船内への入り口の縁に片手を掛け、大きく開いた目玉がぎょろりとこちらを覗き込む。ユウタの姿を見つけると、男は満面の笑みを向けた。長身にがっちりとした体格、ご自慢のドレッドヘアーは背中まで伸びている。顎の下を覆う無精髭が熊を連想させる。着古したスカジャンを羽織り、襟元がだらしなくなったTシャツに、両膝の辺りが破れたジーンズ。足元は裸足に蝦茶色の便所サンダルという出で立ちだ。
「うるせぇな。いちいち声がでかいんだよ、モーゼは」
ユウタは面倒臭そうに起き上がると、後ろ頭を掻きながら、欠伸を噛み殺した。頭皮を掻いた指先を、鼻の辺りに持ってきて匂う。まだ大丈夫だと頷いた。
男の名はモーゼという。もちろん、本名ではない。ユウタが彼と初めて会った時、本人がそう名乗ったから、それからずっとそう呼んでいる。他の住人も皆、そう呼ぶ。彼がモーゼと名乗る理由も、本名も誰も知らなかった。
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