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それにもし、逆にユウタ自身のこと訊ねられたらと思うと、胃の当たりが締め付けられたような痛みが襲う。自分の過去は知られたくないし、訊かれたくなかった。
ここで生活を始めて、大切なのは今日を生きることであり、ここに住む人々は他人に興味がないのと同様に、自身の過去も未来も、どうでもいいのだと悟った。それが解ると、ユウタにとって檻の中は居心地の良い空間に変わっていった。
「モーゼ、こっちだぁ、ここ、ここぉ」
陸橋の下を潜り抜け、舗装された石畳を歩いていくと、元は花壇だったコンクリートの縁に背をもたれ、10人以上の老人の集団が、ビニールシートの上に胡坐を掻き、酒盛りを始めていた。皆、ボロを身に纏っている。モーゼに気付いた一人が、一升瓶を掲げ、手招きしている。坊主頭の天辺が禿げた、垂れ目で猫背の爺さんだ。
モーゼは皆に挨拶をしながら、集団の中に入っていった。ヒビの入った湯飲みを受け取り、そこに酒を並々と注がれる。その酒を一気に飲み干すと、豪快に笑い声を上げた。歴史上で偉大な民族指導者を自ら名乗っているくせに、威厳もへったくれもない。
「ユウタ、おめぇ、何日風呂に入ってねぇんだ? くせぇぞ、酒がまずくならぁ」
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