ビフォー・ダウン

7/23
前へ
/23ページ
次へ
 下の歯が一本しかない爺さんが、ユウタの肩を抱き、酒臭い息を吹きかけてくる。 「くせぇのは、爺さんも一緒だろ? もぅだいぶ酔っ払ってんなぁ。なぁ、俺にも酒をくれよ」  ユウタは胡坐を掻き、爺さんの手元からグラスを奪い取った。 「クソガキが生意気言ってんじゃねぇ。お前はこっちだ」  軽いゲンコツを食らわせた後で、モーゼはスカジャンのポケットからジュースの缶を取り出して、ユウタに手渡した。 「ちぇっ、いつまでもガキ扱いしやがって」  プルタブに手を掛け文句を言うと、「毛も生えてねぇ奴が大人ぶるな」と大口を開けて笑い出した。春の柔らかな日差しの下で酒盛りは続く。  檻で囲まれた住居スペースから数メートル高い位置に、桜並木が連なる遊歩道がある。元は公園だったらしいが、今は散歩をする者もめっきりいなくなってしまった。愛でる人々もいないのに、春先には毎年、殆ど白色のソメイヨシノが開花する。  顔を上げれば、天井を覆う檻の先に、枝先を空に伸ばしたソメイヨシノが見えた。ほぼ満開の桜木は、強い風が吹く度に枝を揺らし、ひらひらと花びらが舞い落ちる。春の到来を知らせるお裾分けとも言うべきか、青いビニールシートの上にも、ちらほらと花びらを残していた。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加