ビフォー・ダウン

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 月に400円の収入じゃ、なんの生活の足しにもならない。この檻の中で働いていて金を稼いでいるのは、推定30代のモーゼたった一人だった。  モーゼは給料を貰うと、いつもここの住人を集めて、ささやかな宴会を開いていた。ユウタには他の住人には内緒で、お菓子やジュースを買って来てくれた。自分が特別に思われているようで、嬉しかった。ユウタにとってモーゼは血の繋がりはないが、兄のような存在で、こんな閉鎖された檻中でも、モーゼがいることで周りの雰囲気が明るくなり、皆が笑顔になる。間違いなく、彼は中心人物で、皆を導くリーダーだった。  腹一杯になり、満足したユウタはブルーシートの上に仰向けに倒れた。目の前に真っ青な空と、枝先にたわわに花を付けたソメイヨシノが飛び込んできた。黒いアイアンに覆われた檻の天井がなければ、どんなに美しい風景だろうかと思った。  視界の隅に、頭上を走るリニアモーターカーが入り込んで来た。富裕層街へと向かうモーターカーは減速し、ゆっくりとユウタの住む檻の上を通り過ぎる。あの上から見下ろしてる人々にとって、オレたちは檻の中の動物と同様なのだろうかと、ユウタはモーターカーが通る度に思う。
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