世界は鈍感でしかなかった

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世界は鈍感でしかなかった

エアポロンは太陽への軌道にのった。 あとは消えてなくなるだけであった。 成果はそれだけのことであった。 まつりのあとの空虚な感覚が地球をおおっていた。 エアポロンはそれだけのこと。 という歌がはやっていたのもこのころのことである。 エアポロンはそれだけ。 エアポロンはかえってこない。 エアポロンがほぼ太陽に到達したころのことであった。 岩手県の丹野というアマチュア天文観測者が太陽のびみょうな変化を確認していた。 エアポロンの軌道の奥、太陽への到達点あたりを観測していると、黒点状のもの、それはあきらかに黒点ではなく、黒点状としか言えない変化がみえるというものであった。 世界は鈍感でしかなかった。 太陽をおおきな焼却炉としかおもっていなかった。 その黒点状はしだいにひろがりをみせた。 ほぼ地球大のおおきさでとどまった。 黒点状にはこまかなシミがあつまっていた。 黒点ではないことだけははっきりしていた。 地球上ではとりたてて異状は報告されていない。 原子力発電はほぼ1000基をかぞえる。 農業生産も平年とかわりない。 北欧圏フィンランドで、白血病の罹患率が急変し、脊柱、肺、膀胱、腎臓、甲状腺、乳癌といった病状がふえだした。その異状の原因はまだ解明されていない。事態はそれだけであった。 重森は鬼籍にはいっていた。 かれの愛用の机にはノートがある。かれはそこに日記を書いていた。 だれもよむことのないノートには、北欧圏での急変の記事がのりづけしてある。 その下に、 バランスがこわれたのではあるまいか。これは太陽の反撃ではない。ひとがバランスをこわした、その反応でしかないのではなかろうか。 反応の文字のしたに二重線がひかれていた。 事態ははじまりでしかなかった。
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