ベイビーズドントクライ

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 それからは事件についての話はしなかった。首の一部分の毛が薄くなっているのに気づいたベイビーが怪訝な顔をして、僕は『噛みちぎられたんだ』と返した。お守りにするらしい。ぬいぐるみの毛にどんなご利益があるかはわからなかった。なかにはそういうベイビーもいる。 「先生、ありがとうございました」 「どういたしまして、帰りの手配はしてあるよ」  ドアの前で向き合って立つ。ベイビーは百五十センチを超えていて、僕は二足歩行をしても身長は百三十センチほどしかない。  僕と過ごした九十分のあいだに、ベイビーは泣いたり笑ったり嘆いたり希望を見いだしたりしていた。もう涙は影もかたちもない。ひと安心だ。  ベイビーはにこやかに手を振って帰路についた。  ソファに戻った僕の左後脚の付け根にはタグがある。  そこには〈房宗クドク(ふさむね〃)/髪長慰安官/〇作品〉とある。本来なら名前と作品数のあいだには一流作家だの二流画家だのと階級と職業が書いてあるところだけど、僕の場合は違うんだ。  ――三百年前、この星は幼児がいたずらで絵の具を垂らしたような水玉模様になった。  世を呪ったひとりの魔法使いがしたことだった。そもそも魔法とはそれまで隠匿されつづけてきた技術であり、最悪のかたちで人々はその存在を知ったことになる。
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