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「すみません」  しゃがんで本を整理していた茅葺は、男性客に声を掛けられ、作業の手を止め立ち上がる。 「ハイ、お伺いします」 「本を探してるんですけど」 「どのようなタイトルかお分かりですか?」 「──DVされてるホモを救う王子様の本?」  急にトーンの下がった声でゆっくりと告げられ、茅葺はそれまで作っていた笑顔を失くし、眉間に皺を寄せる。 ──こいつ、まさか……。と腹の中で茅葺は勘繰る。  自分と大して年の差もなさそうなその男は、180㎝程の身長にしっかりとした体格と真っ暗な髪、切れ長の眼をしており、その強く鋭い眼光が茅葺を見据えていた。 「あの……」 「アレ、違ったかな、ドM書店員のポルノだったかなぁ?」  男がニヤリと口の端を上げて笑うのを見て、茅葺は予感を確信に変える。 男が茅葺から外して投げた視界の先に、泉の姿があった。  こちらに気付いた泉は慌てて駆け寄り、茅葺と男の間に立つ。 「茅葺さん、変わります。僕の作業を引き継いで貰えますか?」 「──やっぱりコイツか」茅葺が泉を遮り、乱暴にそう告げた。  泉は青白い顔をして茅葺を見る。それを見た男は笑みを崩さずに茅葺に問う。 「俺に会いたかったんだろ? 王子様」 「茅葺くん、仕事に戻って。お願いだから」  泉は茅葺の両腕を掴んで揺らし、必死に懇願するが茅葺に自分の声は全く届いていないようだった。茅葺は男から一切視線を逸らさない。 「アンタ──この人の何なんだよ」 「──所有者だよ」  そう告げた男の顔からはすっかり笑みが消えていた──。  茅葺の頭を血液が一気に沸騰したような感覚が襲う。怒りは熱さを通り越して、急激な寒気を感じたように茅葺の身体をガタガタと震わせた。  希に向かって前に一歩進むと、その身体を必死に泉が抑え込む。 「茅葺くんっ……、お客様のご迷惑になるからっ」  泉は声を殺しながら必死に茅葺に訴える。興奮状態の茅葺は泉には目もくれず、獰猛な犬のように歯を食いしばりながら希を睨みつけている。 「じゃあね、部外者の王子様」  そう振り向きざまに淡々と言い捨て、希は二人の前から姿を消した。
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