106人が本棚に入れています
本棚に追加
/31ページ
3
「すみません」
しゃがんで本を整理していた茅葺は、男性客に声を掛けられ、作業の手を止め立ち上がる。
「ハイ、お伺いします」
「本を探してるんですけど」
「どのようなタイトルかお分かりですか?」
「──DVされてるホモを救う王子様の本?」
急にトーンの下がった声でゆっくりと告げられ、茅葺はそれまで作っていた笑顔を失くし、眉間に皺を寄せる。
──こいつ、まさか……。と腹の中で茅葺は勘繰る。
自分と大して年の差もなさそうなその男は、180㎝程の身長にしっかりとした体格と真っ暗な髪、切れ長の眼をしており、その強く鋭い眼光が茅葺を見据えていた。
「あの……」
「アレ、違ったかな、ドM書店員のポルノだったかなぁ?」
男がニヤリと口の端を上げて笑うのを見て、茅葺は予感を確信に変える。
男が茅葺から外して投げた視界の先に、泉の姿があった。
こちらに気付いた泉は慌てて駆け寄り、茅葺と男の間に立つ。
「茅葺さん、変わります。僕の作業を引き継いで貰えますか?」
「──やっぱりコイツか」茅葺が泉を遮り、乱暴にそう告げた。
泉は青白い顔をして茅葺を見る。それを見た男は笑みを崩さずに茅葺に問う。
「俺に会いたかったんだろ? 王子様」
「茅葺くん、仕事に戻って。お願いだから」
泉は茅葺の両腕を掴んで揺らし、必死に懇願するが茅葺に自分の声は全く届いていないようだった。茅葺は男から一切視線を逸らさない。
「アンタ──この人の何なんだよ」
「──所有者だよ」
そう告げた男の顔からはすっかり笑みが消えていた──。
茅葺の頭を血液が一気に沸騰したような感覚が襲う。怒りは熱さを通り越して、急激な寒気を感じたように茅葺の身体をガタガタと震わせた。
希に向かって前に一歩進むと、その身体を必死に泉が抑え込む。
「茅葺くんっ……、お客様のご迷惑になるからっ」
泉は声を殺しながら必死に茅葺に訴える。興奮状態の茅葺は泉には目もくれず、獰猛な犬のように歯を食いしばりながら希を睨みつけている。
「じゃあね、部外者の王子様」
そう振り向きざまに淡々と言い捨て、希は二人の前から姿を消した。
最初のコメントを投稿しよう!