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彼の声を聞いたのは、本当に偶然だった。
たまたま日直で、たまたま日誌を書き忘れて教室で一人黙々と作業していた。
野球部の大きい掛け声や吹奏楽部のパート練習で鳴るトランペットのファンファーレ音、校舎からは珍しい箏曲部の琴の音色がバラードのようにゆったりと、かと思えば一階のホールど和太鼓部の眠気が吹き飛ぶような重低音が響き、四方八方から各自の音楽が流れては混ざり合っている。
入学した当初は放課後にこの協奏曲(独奏がただ合わさっているだけかもしれない)が聞こえた時は驚いてしばらく片耳を塞いでいたが、今ではもう慣れてしまった。耳に耐性ができたらしい。
立花来流美は書き終えた日誌を持って、無人になる教室を出た。
今日起きた事を思い出すのは難しい。彼女の周りでは特に目立った事件など無かったからだ。"反省・気付いたこと"の欄が埋められなくて苦労した。
反省というのは、何か悪いことをしたり自分が間違ってしまったりしたらするものだと思う。何もなければ反省はしないし、わざわざ書くこともない。
だが、来流美の担任は空欄を許してくれない。
五行中二行ある時点で書き直しを言われた友達を見てきた。とりあえず当たり障りのない事実を書いてどうにか埋めた。
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