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日誌を渡して中身をチェックされ、OKサインが出て職員室を出た瞬間に大きなため息が出た。
駆け足で階段を降り、校舎の入口を抜けてから今度は背伸びをする。ようやく学校の一日が終わった。
その時だった。
学校のチャイムが鳴る。高めの木琴の音。
鳴り終わって間髪入れずに響いた。
「午後六時。下校時刻となりました。部活動を続けている生徒は下校準備をして下さい。また、これより校内の施錠に入ります。
残っている生徒は速やかに下校して下さい」
来流美は足を瞬時に止めた。止めてしまった。
たった30秒しかない、よくある下校放送、のはずだった。
滑らかに読まれた原稿で三行にも満たない言葉達。
低いバリトン……いやテノールに値する声。
透明感の明るい声と男性にしては高めの声域のはずだ。
淀みのないまるで……
(まるで、水が流れていくような声)
主張しているわけではないのに、来流美の耳には余韻が残っている。今まで声を意識したことはなかった。それなのに。
「速やかに下校して下さい」と最後の文章には声に静かな圧がある。思わず鞄を持ったまま走り出そうとしてしまいそうな。
結局、言葉を並べてみても単純明快に来流美が感じたのは、たった一言、"綺麗"だった。
その日はずっと彼の声が鼓膜に染み付いて離れてくれなかった。
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