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「あああ! ごめんなさいごめんなさい! 痛かったですか! 痛かったですよね!」
「ああ、ごめん。つい声出ただけだから、本当は痛くないから」
それでも彼女は俺の手を両手でとって、撫でてくれる。
「重ね重ねごめんなさい。ほんと私おっちょこちょいで。お時間6時でしたっけ? 私てっきり、7時だと思って買い物に出てたんです」
ん?
「しかも、鍵までかけ忘れるとか無用心ですよね。あ、でも……先輩さんをお外で待たせないで済んで逆に良かったのかな?」
んん?
俺の手を放して、彼女がドア横のスイッチを押す。二三の点滅の後に玄関にオレンジ色の明かりが灯った。
長い黒髪をひとつに束ねて、胸の前に垂らした、眼鏡少女の姿が灯りの下に現れる。元は白かったのであろう、マフラーでは隠しきれない頬が、2月の冷気に触れて真っ赤になっている。
「はじめまして」と俺の手に気をつけながら、また彼女は頭を下げた。
「いつも弟がお世話になってます。姉のミナト チエといいます」
「あ。ご丁寧にどうも、鷲田 紀彰です」
……嗚呼。俺は今、どうしようもない自覚できる馬鹿に成り下がったらしい。
でも、顔を上げてから、俺を見てにっこり笑うチエさんは少し可愛かった。
俺は その笑顔と白くて小さな手に押されるように、靴を脱いで部屋に上がったのだった。
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